SSの本棚

書いたSSなどの置き場として使ってます。

(固定)久保さんは僕を許さない・ポエムデータベース(インデックス&第1話~第20話)

雪森寧々先生の漫画「久保さんはモブを許さない」の扉絵にあるポエムと結びの言葉。
毎回とても楽しみなのですが(電子書籍の)単行本ではなぜか未収録…….。なので、SSの参考も兼ね、一覧化に着手しました。何かのお役に立てれば。
※20話でひとまとまりにします。内容および話数は、スマホアプリ「ジャンプ+」掲載のものです。なお、原典はほぼ縦書きです。
※誤りがありましたら遠慮会釈なくご指摘ください。

⇒ポエムデータベース1(第1話~第20話)はここ
ポエムデータベース2(第21話~第40話)はこちら
ポエムデータベース3(第41話~第60話)はこちら
ポエムデータベース4(第61話~第80話)はこちら
ポエムデータベース5(第81話~第100話)はこちら
ポエムデータベース6(第101話~第120話)はこちら
ポエムデータベース7(第121話~最終話)はこちら


【episode.001】ヒロイン女子とモブ男子
(扉絵)
誰もが君を見過ごしていても。
私だけは君を見つける。
「特別になれない君」が、
私の一番の「特別」だから――。
(結び)
イタズラなのか、気紛れなのか、ともかく君は心臓に悪い。

【episode.002】ご機嫌斜めと膝の上
(扉絵)
おぼえていますか?
その感情にまだ“恋”と、
名が付く前のざわめきを。
(結び)
女子ヒロインの心の中身はいつだって、男子モブには少し難し過ぎる。

【episode.003】回答権とお節介
(扉絵)
ガラスが液体であることを忘れがちな僕らは、
二人の時間にうっかりと永遠を誓ってしまう。
(結び)
おじいちゃん先生めっちゃ可愛い。

【episode.004】ポケットティッシュとセルフィ―
(扉絵)
少しだけ、背伸びをしてみた。
猫背の君と同じスピードで落ちる夕日を見たかったから。
(結び)
感情はいつでも、少しだけ遠回り。

【episode.005】ポニーテールと制汗シート
(扉絵)
君を変える強さも、
私が変わる勇気も
無いから今は、知らないふりをする。
(結び)
漏れた少女ヒロインの声。モブに聞かせるのはまだ早い…。

【episode.006】自動扉と通学路
(扉絵)
悲しい言葉はぜんぶ、
前世の恋に置いてきたから。
(結び)
情報ゲット♡

【episode.007】ハードラックと自宅訪問
(扉絵)
君の名前は、
世界で一番短い私のテーマソング。
(結び)
モブとは言っても、
思春期ですから…。

【episode.008】朝支度と何もない日
(扉絵)
一人でいるのが好きな理由は、
不安な夜に、誰かを思い出したいから。
(結び)
その目覚めは、まだもう少し。

【episode.009】雪とホットココア
(扉絵)
季節限定の魔法。
「寒いから、そばにいて」と、メッセージが降り注ぐ。
(結び)
冬が始まるよ♡

【episode.010】本屋と胸元
(扉絵)
世界の中心から、片隅へ。
いつでも私の座標を無視して、感情は一直線に駆けていく。
(結び)
地雷、踏んだかもよーー…?

【episode.011】ゆく年とテレビ電話
(扉絵)
いつか追いつけなくなると知っているから、
僕らは時の流れにひとつひとつ、
丁寧にセーブポイントを作る。
(結び)
―なし―

【episode.012】靴下と違和感
(扉絵)
私の中の欠片たちを、二人称の線で結んで、
君の名前を勝手に使って、新しい星座を作る。
(結び)
気づいても、気づかなくても、多分こうなる。

【episode.013】赤いハートと送り主
(扉絵)
360日は、現状維持を願ってる。
たまに今日とは違う明日が欲しくなって、
ささやかな抵抗を試みる。
(結び)
秘する花。花言葉は「あまのじゃく」

【episode.014】料理音痴とバレンタイン・イブ
(扉絵)
「隠し味は愛情」なんて、簡単に言わないで。
それは一番調理の難しい、キラーアイテムなんだから。
(結び)
こんなことが、あったのでした。

【episode.015】ガールズトークと独占欲
(扉絵)
問いの数も、解答欄の長さも、
見当はつかないけれど。
胸を締め付けるこの難問に、
私は立ち向かう。
(結び)
色めいて、膨らみゆく、恋心つぼみ

【episode.016】初体験と抹茶ラテ
(扉絵)
私のことを強いと思っている君には、
絶対に教えてあげない、無防備な背中。
(結び)
白石くん、普通に勿体ないぞ。

【episode.017】早起きとイヤホンジャック
(扉絵)
君のために新調したノートは真っ白のまま。
書き殴りたいものは、言葉にできないことばかり。
(結び)
それでね、知れば知るほど
もっと知りたくなるんだよ。

【episode.018】ホワイトデーと感情の宛先
(扉絵)
ガラスの向こうの食品サンプルみたいな、無色透明な憧れだった“青春”を、
ひとかけらだけ口にして、まだ噛み締める余裕はなくて。
(結び)
ホワイトデーのマドレーヌ。
意味は「もっと仲良くなりたい」。

【episode.019】DNAとあこがれ
(扉絵)
身長163㎝、体重はたぶん55kgくらい。
私の神様は意外と、頼りない見た目をしている。
(結び)
誠太(白石弟)と共に、波乱を
呼びそうな子…。今後も注目です。

【episode.20】眼鏡とテスト勉強
(扉絵)
クリスタルレンズの向こう側。
君はいつもより綺麗に見えて、
だけどいつもより小さく見えて、
その距離をゼロにする方程式を、私はまだ知らない。
(結び)
フラグって容赦なく回収されるんですね…。

わたしがてんびん座だったとき(ぼくたちは勉強ができない・文乃SS)

「おかあさん、おたんじょうびおめでとう!」
「おめでとう!」

 おかあさん、と呼ばれたわたしの前には、生クリームと苺で飾られた、絵文字のようなバースデーケーキ。その真ん中に置かれたプレートには、ハッピーバースデーふみのちゃん、と子どもでも読めるように書かれた、チョコレートのメッセージが乗っている。
 拍手を受けながらわたしは、ケーキの上で揺らめく、5本のろうそくの火を一気に吹き消す。
 すぼめた口を戻し、ありがとう! とわたしが感謝の言葉を伝えようとしたその時、幼い声の方が先に飛んできた。

「おかあさん、なんさいになったの?」

 もちろん答えは決まってる。

「ひ・み・つ!」
「えーっ! おしえて!」

 ごめんね。でもね。

「だって教えたら、すぐ年長のお友だちとか、先生に言っちゃうでしょ?」
「いわないからおしえて!!」
「ふふ、5さい、だよ!」
「そんなわけないでしょ!」

 ほっぺたを膨らませ、おませに反論してきた我が子に、自信満々に言い返す。

「だって、お母さんになってからは5歳だもん、間違ってないよ! ろうそくだって5本だったでしょ?」
「じゃあなにどし?」
「ふふ、お父さんと同い年、だよ!」
「じゃあおとうさんは」
「ん? お父さんはうぐッ!?」

 そのまま素で言いそうになった成幸くんのみぞおちに、子どもからは見えない速度で手刀を叩き込む。

「(話聞いてた? 成幸くんが言ったらもれなくわたしの齢もモロバレなんだよこの野郎)」
「(こ、子供の前では穏便にお願いします文乃さん……)」
「おとうさん?」
「じゃあ、ケーキ切ってくるねっ!」

 子どもの興味を成幸くんから剝がそうと、わたしは立ち上がり、白いお城のように豪華なホールケーキをテーブルから持ち上げる。
 狙い通り視線をわたしの方に向けた我が子は、だけどそこから、わたしが予想もしなかったことを口にした。

「じゃあ、なにざ?」

 わたしは一瞬固まり――そして、とびっきりの笑顔を浮かべる。
 自分の子どもの中に、星座、というものが存在するようになったこと。それがうれしくて、うれしくて。
 今日もわたしにプレゼントをありがとう。感謝しながら、わたしは今度こそ我が子に、ちゃんとした答えを返す。

「ふふ、おかあさんはね――


おとめ座』だよっ!」


 *


 子どもが寝た後の家の中は、パーティ後のせいか、いつもよりしんとしている気がした。

「(あ。まだりっちゃんにちゃんと返信してなかった。朝はバタバタしててスタンプだけだったし)」

 キッチンに足を向けると、静けさに誘い出されたように、親友への連絡のことが頭に浮かんだ。
 食洗器が終わったお皿を棚に戻しながら、わたしは、改めて朝にもらった連絡を反芻する。
 誕生日おめでとうございます、というメッセージに続けて書かれた「そういえば文乃、スキーはもう来ないのですか? だいぶご無沙汰してますが。今なら子どもも、そり滑りやかまくらで楽しめると思います! 年末ぐらいに泊りがけならそろそろ……」という文面からは、鼻息が顔にかかりそうなぐらいの圧を感じた。

「(一緒にスキーしたいんだよねりっちゃん、どうしよっかな)」

 運動はどっちかっていうと苦手だったりっちゃんなのに、スキーだけは、あの卒業旅行以来ずっと継続してて、いまやわたしよりも上手になっていた。
 大学生の時はそれこそ毎シーズン、必ず誘われてた気がする。
 ネバーギブアップの成果です! とふんすと胸を張ってた姿を思い浮かべると、さっきの我が子とのやり取りが思い出されて、ついわたしは苦笑してしまう。
 たぶんりっちゃんなら多分あっさり言っちゃうんだろうなぁ、自分の歳。「子供に嘘を教えるわけにもいきませんし……書類にも書いてますが、何か困ることでも?」とか言っちゃって。

「う~ん……やっぱり文乃はてんびん座だよなぁ」

 そんなわたしの物思いは、リビングの方から聞こえてきた成幸くんの唸り声で中断させられた。
 さっきまで子どもを寝かしつけてくれたけど、いま何してるんだろう。

「ん? どうしたの?」
「あっ、ごめん独り言だった」

 成幸くんの視線は、開いたノートパソコンの画面に向けられていた。わたしが近づいていっても、慌てる様子はない。
 座る成幸くんの肩越しに、わたしはその中身を覗き込む。

天秤座のあなたは、12星座の中で一番話術に長けています。お話上手なのです。次々と繰り出す話題と人を飽きさせない巧みな言葉使いで、誰もがあなたの話に夢中になります。友達の何気ない言葉や態度も敏感にキャッチ。そしてそれを楽しい話題にしてしまう、そんな話術を持っています。

また、記憶力がいいあなたは、他の人が忘れた話や昔話も細かく覚えていています。友達はあんぐり口を開けて感心して聞いていることでしょう。また、人の話を聞くことも好きで、その話を膨らませて次の話題に繋げるので、話が途切れることがありません。

天秤座だけあって、話のバランスをとるのが上手なあなた。
口数が少ない人にも話を振ってあげる優しさもあり、白黒をはっきりさせずに話をまとめることも得意なので、人と対立することが少なく誰からも好かれる性格です。要領がよく社交的であり、世渡り上手な人なのです。
反対に、人に嫌われたくないがゆえに本音が言えず、八方美人と言われることも……

「どの辺が?」

 ページの下端まで読み切って、わたしは成幸くんに問いかける。
 まさか成幸くんに限って「平らだから」とは言わないと思うけど、一応ね、うん。どこが? とは言いませんけど。

「書いてることぜんぶ、文乃に合ってる気がする」
「そう?」
「うん、やっぱり12星座のほうがしっくりくるよ。いまだに慣れないな、13星座って」

 そう言った成幸くんが何回かマウスを動かすと、わたしたちの前のディスプレイに、13星座占いの一覧が表示された。
 わたしは「科学的には正しいんだけどね」と言いながら、成幸くんの肩を軽く揉む。
 そう、わたしたちが出会ったころ当たり前だった黄道12星座は、もはや「懐かしの」の扱い。きっかけはわからないけど、テレビやSNSでもどんどん13の方が優勢になっていき、いつの間にか世の中は、星座といえば13星座、になっていた。
 いまやパソコンでも、へびつかい座と打てば、牛の顔みたいなマーク⛎️が変換で出てくる。だから今、わたしの星座の名乗りはてんびん座ではなく、13星座のおとめ座だ。

「科学的っていってもな、そもそも12星座から13星座になったのだって、星座を決めたときのミスなんだろ? 太陽の通り道にかかるようにへびつかい座作っちゃったっていう……」
「ふふ、ミスは言い過ぎだけど、確かにうっかりさんだったかもね。へびつかい座へび座まで含めたら、全天でも大きい方の星座にしたのにね!」
「当時ならまだ占星術も星座占いより影響あっただろうに、集まった天文学者が誰ひとり気が付かなかったって……冗談みたいだよな」
「もしかしたら、気づいていたけど言えなかった人もいたんじゃないかな。わたしも、天文関係の学会で星座占いの話を始める人がいたら、ちょっと変な人かなとは思うよ」
「ふぅん……って、改めて見たら、さそり座ってこんなに短いのっ!?」
「太陽がさそり座にいる期間は短いからね」

 成幸くんがのけぞるのも無理はない。1年間をほぼ平等に分けていた12星座と違って、星座と太陽の位置関係に合わせた13星座はとっても『科学的』だ。長い星座は割り当て期間が1か月を超えるし、新・さそり座の期間は、1週間もない。

「極端……まぁ、さそりって神話だとオリオンを刺してるし、さそり座の女って歌もあるし、イメージ悪いから、期間が短い方がみんな嬉しいかもな」

 珍しくけなす口調の成幸くんに向かって、わたしはほうっと息を吐き、いたずらっぽい笑みを浮かべてみせる。

「あまりさそり座を悪く言わないであげてね成幸くん。わたし、その『さそり座の女』かもしれないんだよ?」
「えっ?」

 もちろん12星座の方でだけどね、と言いながら、わたしは開かれたノートパソコンに横から腕を伸ばす。
 キーボードから『12星座占い』、続けて、カタカナで三文字の言葉を検索窓に入力する。

「考え方はさっきの13星座と一緒。太陽が各星座に入るタイミングは毎年変わるから、星座と星座の境界線の日は、年によって、てんびん座になったり、さそり座になったりするんだよ」

 春分の日は、太陽の動きに合わせて毎年決めてるって話、聞いたことない? と付け加えると、成幸くんもそういえば……と頷き返してくれる。
 それを見届けて、わたしは検索を実行し、表示結果のひとつを開く。

「だからね、生まれた年によって、10月23日は、てんびん座かさそり座か違うんだよ。もっと言えば、同じの日の中でも、産まれた時間で違うんだ」
「へぇ……」

 いま、わたしたちの前には、その区切りの時間が表示されている。
 初耳の知識にため息を漏らした成幸くんの耳に、わたしは、となりの星座との境界線は『カスプ』というんだよ、と付け加える。

「で、文乃はどっちなの?」
「それをね、これから確かめようかなって。今までは分からなかったんだけど……これを持つまではね」

 そう言って、わたしはリビングの引き出しに手を入れ、自分の胸の前に、子どもの『それ』をかざす。

母子手帳?」
「うんっ、産まれた時間がはっきり書いているから」
「あっ」

 そして、子どもの手帳の後ろから、表紙に茶色のしみがついた、古びた手帳を引っ張り出してみせる。
 自分の、母子手帳だ。
 かつてのお母さんと同じ、この立場になるまで、この手段を知ることはなかった。
 産まれたての写真はアルバムにあっても、正確な出生時間はわからない。けど、こんなことのために根掘り葉掘り人に尋ねるのも、わたしにはためらわれた。
 ただ、知った後も……重くなった身体で家中を捜索して見つけたこれを、開く勇気は出なかった。かつてのお父さんと同じぐらい、向き合うのを避けた、と言ってもいいかもしれない。
 それは。
 愛されていた喜びと同じぐらい、愛した子どもを残して世を去る立場の辛さを、知ってしまうだろうから。
 時代を感じる絵柄の表紙を見るたび、お腹の小さな命と自分を、かつての自分と母に重ねて、時々涙した。
 そして、実際に子どもが産まれてからは、いまを育てるのに必死で、確かめている余裕なんてなかった。子育ての知識や常識は日々変わってるんです、と言われれば、知識を得るために開くこともなくて。
 でも。ここまで子どもが大きくなった今なら、きっと。
 何気ない雑談のひとつとして、向き合えるような気がした。

「成幸くんはどっちだと思う?」
「う~ん、やっぱりてんびん座じゃないか?」
「もしさそり座だったとしても、嫌いにならないでね?」
「なりませんなりませんっ、言質取ってもいいから!」
「了解です。それでは……正解を発表します!」

 大袈裟な口調で合図をすると、わたしは色の褪せた手帳を開き、産まれた瞬間のわたしの時間と目を合わせる。

Web公開中のSSの一覧(2024年11月4日最終更新)

 今までWeb公開したSS(二次創作小説)のリストです。
(※少数ですが月宮アル名義で書いたオリジナルはノベプラカクヨムで読めます)

 各カテゴリー、古い順に並べています。
 原作より明らかに重かったりビターだったりヒリヒリしてると(私の感覚で)思う話には、タイトルにアスタリスク(*)をつけてます。用法用量を守ってお楽しみください。

ぼくたちは勉強ができない】(ぼく勉)
Another proof
     
   あとがき
ぼく勉処女作。センター試験付近から分岐する、緒方理珠ルートの「別解」ことifルートのお話です。

**Winter, is back~寒の戻りは過ちのXを導く~
うるかの出国に成幸が間に合わなかったら、という設定で書いた、真冬先生のお話です。

*Another proof 2 “Neverland”
      ※R-18     あとがき
前期日程結果発表から分岐する小美浪あすみルートの「別解」ことifのお話です。
※pixivではシリーズ内に1話でもR-18が挟まると全体がそう扱われ、未登録だと読めないようです。読みたい場合はご連絡ください。

姫眠る森のいばら
鹿島さん語りの、文乃と鹿島さんの出会いのお話です。

姫無き夜にXは眠る
成幸語りの、文乃ルート後のある秋の夜のお話です。

***この“i”はX上には並ばない
プロローグ       
  中書き エピローグ
こばやんこと小林くん語りの、『虚数解』小林陽真ルートのお話です。つまりBL。
※ラストまではヒリヒリする展開が続きます。

ご主人待ちの灰被り  
成幸語りの、マチコさんルートのお話です。

親指姫は眠り姫の森の端でXを求める
文乃語りの、初のクリスマスプレゼントに悩む理珠と相談を持ちかけられた文乃のお話です。
※理珠ルート後のお話です。

ヘンゼルを愛したグレーテル
「目で聴くボイスドラマ」と銘打った、水希語りの、唯我水希ルートのお話です。

あの日聞いたXの裏側をぼくたちはまだ知らない
楽曲「White Album」をお題にした、成幸と文乃のお話です。

白衣に囚われた聖女(ベル)
   エピローグ
成幸語りの、関城紗和子ルートのお話です。

誕生日はXの行方に思いを馳せる日である
小美浪あすみ誕生祭2021。あすみルート後、成幸とあすみが、高校時代のとある出来事を回想するお話です。

等身大(ふつう)のプリンセス・いのぽん
いのぽんこと猪森語りの、いばらの会の主要メンバー・猪森のルートのお話です。

真夜中の火祭
文乃√のクライマックスに対する意見表明のために書いた、文乃と理珠の会話劇です。

Another proof 3 “Princess on a star”
       
文乃語りの、うるかの告白から分岐するifの古橋文乃ルートです。
pixivでは一話にしています

***Dear my friend
“Princess on a star”の初発表時のバージョンです。

午睡の傍らでXらは語らう
古橋文乃誕生祭2021。文乃と成幸のデートを目撃した理珠と紗和子による会話劇です。

人魚姫はXに浸りて明日を夢見る
うるかが成幸に告白する前夜のお話です。

クリスマスキャロルの頃には
真冬先生の教え子、日野音子さんが立ち直り、先生個別√の文化祭に現れるまでの幻覚を描いたお話です。

NYより愛をこめて
真冬語りの、真冬ルートの遊園地デート直後のお話です。

Ki"ss"ania
成幸語りの、理珠とちゅっちゅっむちゅむちゅぶちゅーとするバレンタインのお話です。

生まれてきてくれて、ありがとう
小美浪あすみ誕生祭2022。島でのミニデートのお話です。

**幻夜を超えたマッチ売り
    5前 5後 6前 6後    あとがき
原作最終話からのアフターストーリー。√6/5が存在する時、最後に選ばれるのは誰かを想像して書いたお話です。

愛しき今夜
2022年の七夕に書いた、文乃と静流さんを描いた会話劇です。

“LOVE”rinth
Ki"ss"aniaの続き。紗和子にもキスを迫られるバレンタインデーのお話です。R15。

母校の青春はXを中心に踊る
うるかルート後、母校の特別コーチを引き受けたうるかのお話です。

天衣無縫の茉莉花妃
成幸語りの、桐須美春ルートのお話です。

あの日々へのララバイ
小美浪あすみ誕生祭2023。「ぼっち・ざ・ろっく!」を挟んで夫婦で語り合うあすみと成幸のお話です。

ぼくたちが恋をする理由
アオのハコ第113話と坂本真綾さんの楽曲「僕たちが恋をする理由」に触発されて書いた、文乃語りのお話です。

Xの生誕は銀河の旅路が祝うものである
古橋文乃誕生祭2023。演出・巌裕次郎、主演・夜凪景&明神阿良也の「銀河鉄道の夜」を見た文乃と成幸のお話です。

胸開きニット狂想曲
理珠と一緒に胸開きニットを着せられる文乃のお話です。

mono“ch“logue
関城紗和子誕生祭2024。楽曲「monochrome」の歌詞にインスパイアされて書いた、理珠√1年後の紗和子とみさおのお話です。

non title 〜ある楽曲と回想からの構成〜
成幸語りの、楽曲「夜に駆ける」を元に書いた、真冬ルート後の夏のドライブのお話です。

わたしがてんびん座だったとき
古橋文乃誕生祭2024。子供と成幸にお祝いされる文乃の誕生日のお話です。

その他
・R18のお話が理珠2つ、文乃2つ、真冬1つあったりします。
Twitter上では頻繁に小ネタ(地の文なし・セリフのみのお話)を書いています。Twitter上のメディアをご覧ください
反響があったものをいくつか。
Something four
You wish up on a Star
キミに幸せあれ
・ややメタ気味ですが、サマポケ蒼ルートをプレイする成幸と理珠のお話なんて言うのも書いています。
一陽来復のSummer Pockets(原作:ぼくたちは勉強ができない×Summer Pockets

【アオのハコ】
シグナル・ブルー ※R-18
生理前に変なことに挑戦する千夏のお話です。

リフレクション・ブルー
BL。大喜に恋する匡のお話です。

ショーマンズ・ブルー
「千夏にビンタされる大喜」というお題で書いたショートコメディです。

ベリー・ブルー
雛誕生日記念。雛の中学3年の誕生日のお話です。

それはきっと、存在しない記憶
「千夏先輩が大喜の部屋にて偶然えち本を見つけたSS」というお題を、ラブをコメらせた形で書いたお話です。

いつかのため
「千夏先輩が大喜の部屋にて偶然えち本を見つけたSS」というお題を、真面目に真面目に書いたお話です。

おのれツインテール
「菖蒲ちゃんでコメディ全振り(ラブ要素皆無)」で書いた菖蒲のお話です。

イノセント・ブルー
匡の初恋の人である金石咲季が、どうすればかつて匡が恋心を抱くほどの素敵な子でいられたか、極力原作の流れのまま想像を膨らませて書いた第167話「まだ間に合うなら」のIFストーリーのお話です。

【久保さんは僕を許さない】
純太のバスケ/可愛いだけじゃない渚咲さん(原作:久保さんは僕を許さない)
とある漫画のマネをした白石くんのお話と、後日、久保さんからとある漫画を借りた白石くんのお話です。

久保さんはモブを許さない
会話劇。episode.116の春賀祭直後の教室を想像したお話です。

episode.xxx 誕生日と記念日
久保渚咲誕生日記念。彼氏彼女になって初めての誕生日デート待ち合わせ中のお話です。

episode.xxx 仲直りと指輪
純太語りの、「大学時代の久保さんと白石くんのデート」というお題で書いたお話です。

Summer Pockets】(サマポケ)
Karamel
紬ルート後、カルメ焼きを作る秋の一日のお話です。

冬の温もりのなか
美希ルート後、風邪を引いたのみきを看病するお話です。

White,fly away
グランドフィナーレ後に、誕生日に外に出かけるしろはを見送る小鳩の掌編です。

あらしのよるに
紬・ヴェンダース誕生祭2024。紬不在の間に、台風と重なった紬の誕生日を迎える羽依里と静久のお話です。

【a la carte】その他、単発で書いたもの。

***クリスタル・ナハト(原作:ウマ娘プリティーダービー
自分が生きている世界の「真実」に気づいてしまったアグネスタキオンと、その「対処」を任されたマンハッタンカフェのお話。メリーバッド。

アレキサンドライト(原作:月は東に日は西に
月は東に日は西に」発売20周年に合わせ遥か昔の作品を再掲。美琴エンド後の美琴と直樹のお話です。

Let's go,North(原作:ぼっち・ざ・ろっく!)
ある雨の日の喜多ちゃんのお話です。

月に至る輪の上で(原作:東京卍リベンジャーズ)
BL。関東事変以降のどこかのイヌココのお話です。

境界線はグラスの内にほどけて(原作:マッシュル)
BL。バーで恋愛について語り合うオーター・マドルとライオ・グランツのお話です。

レモン・アーヴィンと許されざるカップル(原作:マッシュル)
レモンちゃん視点で見たマシュラブのお話です。

砂の音の彼方に(原作:マッシュル)
BL。平和になった世界でドット君と同棲しながらも身の置き場に惑うオーター・マドルのお話です。

Break out(原作:可愛いだけじゃない式守さん)
会話劇。高三の夏休み突入の156話と夏期講習の157話の間を想像したお話です。

Heatshock(原作:可愛いだけじゃない式守さん)
会話劇。たい焼きを食べに行った和泉くんと式守さんのお話です。

Coming out(原作:可愛いだけじゃない式守さん)
会話劇。原作98話の写真撮影後の、和泉くんチームの下山を想像したお話です。

その黒は負の苦みだけには非ず(原作:夜雨白露は殺せない)
筒井大志先生の読み切り「夜雨白露は殺せない」の後日譚です。

**プロテスタンツ(原作:マリア様がみてる
ロサ・カニーナ直後の設定のIFストーリー。リリアンへ「抗議する人」(プロテスタント)をめぐるお話です。

Last regrets for the Angel(原作:マリア様がみてる×Kanon
大学生になった聖が江利子の大学で「栞」と邂逅するお話です。

Last regrets on the Angel(原作:マリア様がみてる×Kanon
蓉子が「天使が現れる」という噂を信じた同級生の祐一をリリアン女学園へ連れていくお話です。

愛されて四半世紀(原作:Kanon
2024年1月7日現在のネタ時空に生きるあゆと祐一のお話です。

チクタク(原作:Kanon
名雪語りの、名雪エンド後の目覚まし時計に関するお話です。

日溜まりの夜(原作:Kanon
結婚後にクリスマスを囲むあゆと祐一のお話です。

コウサク(原作:ニセコイ×五等分の花嫁)
もし最終話でケーキを作る前に小野寺さんが三玖と出会っていたら……というお話です。

The last ,be with...(原作:シスタープリンセス×Kanon
ある年のクリスマスを舞台にした、妹たちの兄「航」と佐祐理さんのお話です。

夏送り(原作:ARIA
「ゴンドラの火送り」のsideB。晃語りのアリシアの過去のお話です。

[X]の生誕は銀河の旅路が祝うものである【後編】(ぼくたちは勉強ができない・文乃SS)

アルビレオの観測所って」

 成幸くんの問いかけ声で、わたしは我に返った。
 いつの間にか列車は走りだし、星の河に沿って進んでいる。

「ここだよ」

 手紙に抱いた疑問をいったん脇に置き、わたしは銀河鉄道の路線図の真ん中あたりを指差す。

アルビレオはね、はくちょう座のくちばしにあたる部分の星だよ。オレンジの主星と青い伴星からなる美しい二重星で、だから『銀河鉄道の夜』の中でも、サファイアとトパースの球が出てくるんだ!」
「へぇ……」

 わたしの指の先にも、黄色と青が混ざった、エメラルドグリーンの光が輝いている。

「ただ、白鳥区の最後だって言われる場所だけど、お話の中では降りてない」
「ってことは情報なしか……何があるんだっけ? きょうの舞台で言ってた?」
「天の川の水流を測る機械があるんだった……かな。そもそも停まってくれるといいんだけど」

 胃を押さえてわたしは頷く。ここまで童話と一緒の世界だから、先が読めない展開になると余計に不安だ。
 その、押さえた辺りから、



ぐー、ぎゅうううぅるるるるるるるるる……



「……オナカ、スイタネ」
「お、おぅ」

 盛大に……空腹の音がした。
 成幸くんの顔が見られず、わたしは半べその顔で反対を向く。
 夢の世界まで鳴り響くほどお腹が減るなんて随分と小粋なジョークだよね、理不尽すぎるおい責任者出てきやがれ、だよ!

「ん~、こりゃまた大きな腹の虫の音。なら、ちょっとおあがんなせぇよ」

 そこに、背後から、がさがさした、けれども親切そうな声が聞こえた。
 振り向くと、声の主は、茶いろの少しぼろぼろの外套を着て、白い巨大な包みをふたつ肩に掛かけた、赤ひげの男性だった。断りもせず、向かい側の席に陣取ると、包みをほどき始める。

「おふたりぐらいだと、鷺よりも雁の方が喜ばれるでしょうかね」

 開かれた包みの中からは、くちばしを揃えて、リアルに黄と青のまだら模様の鳥が現れていた。

「(鳥捕り……!)」

 この辺りで出てくるお話の登場人物を思い出したわたしの前で、そんな事は露も知らないだろう赤ひげのおじさんは、雁の足を、軽くひっぱった。

「どうです、少しおあがりなさい」

 童話の中と同じように、チョコレートででもできているようにすっと離れた鳥の足はつやつや黄色く光って、わたしの食欲を容赦なく刺激する。

「う、売り物ですよね? 俺たちまったく持ち合わせが」
「あ、お代は結構ですよ。毎日注文が入りますからね。気に入ったら次の機会の土産にしてもらえればいいんです。こっちはすぐ喰べられます」
「成幸くん、じゃあせっかくだし食べてみようよ!」

 ためらう成幸くんを押し退けて、わたしは差し出されたそれを掴むと、かりっ、口いっぱいに頬張った。とたん、なんとも言えない甘さが頭の中まで広がる。

「んー! 美味しいっ! 成幸くんも食べようよ!」
「あ、あの、文乃さん……」
「ん?」
「黄泉の国の食べ物って、気軽に食べちゃダメだったんじゃないっけ。戻れなくなっちゃう、とかで」
「うぺえっ!?」

 曇り加減の成幸くんの表情に、わたしも一気に正気に戻る。確かに古今東西、あの世で出されたもの食べちゃって戻れなくなる昔話、たくさんあったような……。
 うぅ、この食い意地のせいで現世に還れなくなったらどうしよう……。
 と思っていたら、成幸くんがわたしの食べかけた黄色の何かを奪って、丸ごと口にいれていた。

「ちょっ、ちょっと言った傍から何やってるんだよ成幸くん!?」

 返事の代わりに、ぼりぼりぼりぼり音がする。
 そして、ごくっと大きく喉を鳴らすと、成幸くんはひときわ眼を輝かせた。

「確かに旨いなこれ! チョコレートよりもうまいって書いてあったから、子どもの時からどんな味か気になってたんだよ俺も」
「そうじゃなくて!」
「ジョバンニは戻ってこれてたし、どっちにしろ、これで文乃と一緒だろ」
「あ……」
「成幸、そうですかあんたが唯我成幸さん! よかったよかった、こいつを渡すためにここまであがったんで」
「つ、ツル!?」
「そうです、鷺でも雁でもない、中でもこいつはとびきり上等の鶴でさぁ。だいぶ奮発しましたね。いや、召し上がれる人がうらやましくてしょうがない」

 わたしたちの会話をまるで無視したように、鳥捕りのおじさんはどこからともなく大きな鶴を一羽取り出して満足そうに笑うと、袋を包みなおし、ふっとその場から消えた。
 追いかけるようにわたしは、窓にへばりつく。

「わ……すごい……」

 今日この言葉を、何度繰り返しただろう。
 けれど窓の向こうでは、そうとしか言えない光景、本で見た通り、手を広げた鳥捕りを覆い隠すようほど大量に舞い降りてきた白い鳥が、足が砂へつくや否や、雪のように川底の砂へ溶けていく様子が繰り広げられていた。

「――ごめんな文乃、巻き込んじゃって。エゴイストだよな、うちの親父」
「え?」

 驚きと感動を共有しようとしたわたしは、思いもよらぬ成幸くんの言葉に、ただ混乱した。

「戻れるか分からないし、不安だよな」
「えっと」

 出し抜けな話にまったくついていけず、わたしは成幸くんを怪訝な顔で見返す。
 成幸くんが、申し訳なさそうな顔で口を開いた。

「……きょうの舞台について予習しようと思った時、黒山なんとかって映画監督の人の、追悼コメントがあってさ。そこにあったんだ。『カムパネルラも演出家の巌もよく似たエゴイストだ。ほんとうにいいことをすれば、なにをしても許してもらえると思っている。残された両親やジョバンニ、劇団員やファンの気持ちはお構い無し』って」
「……」
「親父もさ、良かれと思ってやったのかもしれないけど、俺たちの意思はお構いなし。お使いならさ、なにも今日でなくても、しかも文乃まで巻き込むことないのに」
「わたしも読んだよそれ。『それでも、我がまま放題生きたとしても、たとえ最後は見届けられなかったとしても、作品を後世に残せさえすれば、演出家の生は無念じゃないと信じたい』って。成幸くんのお父さんとはぜんぜん違う話だよ。それに……」
「それに?」

 わたしは言いかけた台詞をひっこめる。
 ――それに。
 いまのわたしは、確信に近い予感がしていた。
 成幸くんのお父さんが、こうしてわたしたちを見てくれているなら。
 成幸くんだけでなく、わたしたちふたりを指名して、届け物を頼むということは。
 もしかして、わたしに繋がるあのひと……と思ってしまったのだ。
 けど、口に出してしまったら消えてしまいそうで、怖くて。成幸くんにさえ言えなくて。
 代わりにわたしは、もう一つの理由を口にする。

「わたしは、エゴイストも好きだよ」
「はい?」
「この世に残される人より、あの世でもわたしと一緒にいたいって気持ちを優先してくれる、エゴイストさんが。さっきはすぐ、一緒のもの食べてくれてありがとうだよ、成幸くん」
「あ……」
「嬉しかったよ、とっても」

 遠くから、次はアルビレオ、とアナウンスする声が聞こえてきた。
 わたしは先に座席から立ち上がり、大好きな成幸くんに手を伸ばす。

「ここから先は、答えがない旅だね、成幸くん」


 天の川の真ん中に建つ、黒い大きな建物。平屋根の上で、サファイアとトパースの球が、輪になって静かにくるくると回っている。
 そんな場所を、自分の足で訪れることになるとは思わなかった。

「場所がわかるの、文乃?」
「ううん。でも幻想空間なんだから当たって砕けろ、だよ!」

 予感を信じて、わたしは成幸くんの前に立ってずんずん進む。
 お迎えもいなかったし、黒い建物は物語にある通り四棟あって、受付もわからない。だから、いちばん駅に近い一棟へ近づいていく。

「なので、もうすぐ大事なお客さんが来るので、中抜けして迎えに行ってきまーす!」

 そこに、すみません、を掛けるより早く、白衣を着た若い女性がビスケット扉を跳ね飛ばす勢いで飛んできた。
 そう、若い女性。
 でもわたしは、即座に叫んでいた。

「お母さんっ!!」
「……へ?」

 女性が、手にした時刻表らしき紙と、わたしの顔とを見比べる。

「文、乃? えっ、えっ、まだ到着まで時間はあるはずだよね、って休日ダイヤだったこれーっ!?」

「あははーっ、ゴメンゴメン、心配だろうから駅まで迎えに行こうと思ってたんだけどさ。どうもはじめまして、文乃の母の、古橋静流です!」

 成幸くんのお父さんの手紙で、会えるかもと予想していたせいだろうか、
 現実離れが過ぎて、思考が十分に追いついていないせいだろうか。
 施設内の一室に押し込めるようにわたしたちを運び、座る間もなく一気にそうまくしたてたお母さんの姿を、わたしは、自分でも信じられないほど穏やかな気持ちで受け入れていた。
 パソコンの中の動画と同じ顔。違っているところは病院着だったのが白衣になって、ずっと元気そうなところだ。

「あ、改めまして、唯我成幸です」
「うんうん、文乃をもらってくれてありがとうね」
「お、お母さん!」
「いいじゃない、いい旦那さんになるよ! それに引き換え、零侍くんときたら……だよ! まったく教授に上がる肝心なとこだったから甘やかしちゃったけど、子育ては親育ちだってことぐらい、きちんと仕込んでおくんだったわ」

 拳を握って背中に炎を噴き上げるお母さん。その姿に、強く胸に痛みが走る。
 亡くなった人は、空からずっと見守っていると言われているけど。
 いまの台詞は、つまり。
 お母さんには、お父さんと不仲だった、あの10年間も見えてたってことだ。

「……心配かけて、ごめんなさい」
「何言ってんの。数学の楽しさが伝えられなかったから、文乃にもだいぶ苦労させちゃったわね。しかしおっきくなったわね文乃。前にあった時はあーんなにちっちゃかったのに! 上から眺めているのとは大違い」
「ひゃあっ!?」

 顔を下げたわたしを後ろから羽交い絞めにするように、お母さんが抱きついてきた。
 成幸くんが、見てはいけないものを見たように顔を背ける。うん、いまわたし実の母親になんか揉まれてた。うるかちゃんにされたみたいに。

「あ、あの、いつもこちらで働いているんですか?」

 焦った成幸くんの声が、他の話題を振ってくれる。
 お母さんは名残惜しそうにわたしを離し、部屋にひとつきりの窓を振り返って指差した。

「そ! 観測所っていうぐらいだから、天の川の水流やら星の動きやら、とにかくあれこれたくさん観測してる!」

 そこから見える川の流れは、真っ暗な空の中で水銀の色をしていて、ちらちらとした反射は、流れるというより燃えているようだった。
 もう一度成幸くんに目を戻すと、硬直した成幸くんの隣で、お土産の巨大な鳥がのど元を掴まれ、直立不動の姿勢で立っている。今さらだけど、とってもシュールな光景だ。

「成幸くん、それ、渡さなきゃ」
「あ、すみません。よくわからないんですが、父からこれをここに届けるように言われていて」
「まー立派なツルっ! こっちでもなかなか食べられないんだよね、ありがとうーっ!」

 抱っこするように鶴を受け取り、歓声を上げたお母さんが、ふっと何かに気づいたように、笑い方を変えた。

「まるで結納の席みたいね」
「え、もしかして、再こ……」
「まさか! 私はこの先もずっと、零侍くん一筋よ。零侍くんがこっちに来た時困っちゃうでしょ?」

 成幸くんも同じことを思ったのか、わたしと視線が合った。

「ま、どこの家も、親の考えることなんて同じって話よ。心配しないで、あなたたちは今まで通り、好きなことを全力で好きにやりなさい。改めて文乃と零侍くんにいつも優しくしてくれてありがとう」
「こ、こちらこそ、俺が頼りないからお姉さんみたいにしてもらったりで、」
「そ、そんなことないよ! 成幸くんからはいつもすごく優しくしてもらってます。わ、わたしこそこんな素敵な成幸くんに釣り合うのかいつもいつも不安ですけど、い、一生懸命が、ガンバりますので、これからもよろしくお願いいたします!」
「お、おぅ……」

 成幸くんの言葉を遮るように何度も噛みながら、わたしは答える。お母さんに話しているはずが、最後は成幸くんへの挨拶になりながら。
 お母さんはいよいよ笑い声を高くした。

「やっぱり将来は安心ね! 遅くなっちゃったけど、きょうは誕生日おめでとう。文乃。ありがとう、わざわざこんな遠いところまで来てくれて!」

 誕生日。
 その響きに、わたしは、とっても大事なことを思い出す。

「さ~て、せっかくの誕生日だし文乃、なんか食べたいもの、ある? お持たせのツル、さっそく切ってみる?」
「……ううん」
「じゃ、ほしい物ある? 持って帰れるかわからないけどねー」
「ううん、あのねお母さん」
「なあに?」
「わたし、帰らなくちゃいけないの」

 お母さんはただ、私のことを見守っている。
 その輪郭が……じんわりと光にぼやけている。

「えっとね、お母さん」
「なぁに」
「えっと……」
「ゆっくりでいいのよ」
「ありがとう。お母さん」
「……」
「わたしを産んでくれて、ありがとう」
 お母さんは、何も言わなかった。
「きょうは、お母さんが私を産んでくれた日だから。もし会えたら、それは、言いたかったんだよ」

 そう言い切ると、ぺこり、礼をする。
 なんの心の準備もないままあがった人生の大舞台は、もちろん役者さんのように上手くはいかなかった。
 口から出たことばも、お芝居の台詞の方がずっとずっと自然で心を打つぐらい、びっくりするほど陳腐だった。
 でも――伝えたかった。
 一生に一度、巡り合えるかわからない場面だから、どうしても言いたかった。
 お母さんから差し出された指が、微かに震えている。
 ほんのわずかに、口元が微笑んでいる。

「文乃」
「うん」
「さっき話したけど、この観測所からはね、いろいろなものが観測できるんだ。お星さま以外も、ね」
「うん」
「これからも、いろいろなことが起こる。辛い、大変だと思うようなことも、きっとまだある」
「うん」
「けどね……ここからの眺めを見るのは、あなたにはまだ早いと思うから――



 そこで、幸せになりなさい」












 おかあさん!
 叫んだような気がしたわたしの身体は、つんのめっただけだった。
 額に金属のぶつかる硬い感触がして、慌てて顔を跳ね上げると、ベルトのバックルを押さえ、顔をしかめた見知らぬ誰かが立っている。
 すみません、と首を竦め、小さな声で謝りながらわたしは身体の感覚を確かめる。
 耳にざわめきが、鼻に密集した車内の蒸した空気が届いて、ぼんやりした記憶が戻ってくる。
 帰り道、乗った電車が信号機故障で止まって、運良く座れていたわたしたちは、待ち時間の長さと朝からの睡眠不足で眠くなっちゃって……そうだ!

「なりゆきくんっ」

 わたしは隣にいるはずの恋人を揺り動かす。
 レンズの向こうで開いていく瞳。その色合いにわたしは……成幸くんも一緒の時を過ごしていたと確信する。

「文乃……戻ってこれたんだな俺たち」
「うんっ」

 囁き合ったところで、電車が身じろぎし、重そうに動き出した。立っている人から口々にため息のような声があがる。
 首をひねると、換気のためか大きく開け放たれた窓の向こうで、見慣れた光でビルの窓が染まっている。
 電車が速度を上げるのに合わせ、冷房のようにひんやりした風に乗って、金木犀の香りが流れ込んできた。

「バスの時間、まだ間に合うかな」

 成幸くんの声で腕時計を見ると、今日に残された時間はあとわずか。
 ――わたしが産まれた日が、もうすぐ終わる。
 そう思った時には、口が勝手に動いていた。

「「あの……ッ!」」

 告白のときは譲り合っていた声。それをきょうは、我先にと続ける。

「「今日はまだ、一緒にいたい」」

 結果、短い距離の真ん中で、お互いの声が重なり合った。


「「あ……」」


 小さく呻くけれど、視線は外さない。


「……平気、なのか?」
「うんっ」


 わたしたちには、当たり前のように明日がやってくるけど。
 いなくなってしまった人、もう会えないであろう誰かとの「明日」は、二度と訪れないと、人は言う。
 だけど。
 ほんとうは、出会ったその瞬間から、「誰か」はもう「わたし」の一部になっていて。
 いつもいつまでも、わたしたちと共にいるのだ。
 この瞬間も。
 きょうも、明日も、あさっても!


「きょうはまだ、成幸くんとお喋りしたいことがたくさんあるの!」


 この瞬間も。きょうも、明日も、あさっても。
 誰かが産まれ、誰かが亡くなり、でも決して途切れることなくつながっている、この人の世がある。
 その幸せに気づく、そのことこそが。
 賢治さんのいう、本当のさいわい、というのだろう。

[X]の生誕は銀河の旅路が祝うものである【前編】(ぼくたちは勉強ができない・文乃SS)

 ――するとどこかで、ふしぎな声が、銀河ステーション、銀河ステーションとう声がしたと思うといきなり眼の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万の蛍烏賊ほたるいかの火を一ぺんに化石させて、そら中にしずめたという工合ぐあい、またダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざとれないふりをして、かくして置いた金剛石こんごうせきを、たれかがいきなりひっくりかえして、ばらいたという風に、眼の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思わず何べんも眼をこすってしまいました。

宮沢賢治銀河鉄道の夜」 青空文庫 より抜粋)






 億万のほたるいかの火、と言われたら。
 蒼い光が散りばめられた世界が、記憶のどこかにあるように思えてしまうから。
 ことばのちからってすごい。物語りって、素敵だ。
 さっきまで見ていたあの夢の世界にだって、いつでも戻れるような気がしてくる。
 いや実際、まだ夢の中にいる。

「な、成幸くん……」
「これって……」

 かたんかたん、という振動に合わせ、黄色い電灯に照らされたレトロな車内が揺れている。
 木で出来た床、淡く光っているような青い布のソファ席。その向こうの車窓は、宇宙のように真っ暗だ。

銀河鉄道……だよね?」
「だよ、な」

 そう、わたしたちはいま――銀河鉄道に乗っている。

[X]の生誕は銀河の旅路が祝うものである


 この短時間に、内装だけで銀河鉄道だと断言できた理由は単純だ。

「貰い物だ。お前の誕生日と重なっているし、良かったらふたりで行ってきたらどうだ」
「へ」
「いらなければ他に回すが」
「ちょ、ちょっとろくに見せずに話を進めないで、だよ!?」

 という流れで、お父さんが譲ってくれた舞台演劇のペアチケット。その演目が、銀河鉄道の夜だったから。
 演劇にはぜんぜん詳しくなかったから、主演の明神阿良也さん、夜凪景さんという役者さんたちの名前も初耳だったし、それが舞台演出家・巌裕次郎さんが手掛ける最後の作品だということも、知らなかった。
 タダだし、有名な演出家の人が手掛けた舞台を一緒に見にいかない? 芸能人の星アキラ(成幸くんは当然知らなかった)も出るらしいよ、ってぐらいの、ちょっと背伸びしたお出かけのつもりだった。
 それが、開演初日に劇団主宰の巌さんが亡くなったことで、舞台は、巨匠の最期の置き土産と大騒ぎになり、今日。
 劇場に入るところから、著名人や舞台ファンの怖いぐらいの熱気に包まれ、わたしたちは軽い背伸びどころか、爪先立ちでジャンプするぐらいのデートをしてきたのだ。
 ただ、本当に素敵だった。
 毎日やっているお芝居のはずなのに、まるでこの瞬間、目の前でに起きていることのように思えた。
 カムパネルラに話しかけられた途端、心底嬉しそうに笑ったジョバンニの顔を思い出す。いきなり車内に放り出されたジョバンニも、初めはこんな気持ちだったんだろうか。
 ――いや、物語の主人公とわたしたちと、決定的に違うところがひとつある。

「まずい、よね」
「あぁ……何とかして降りないと」

 成幸くんとわたしは、言葉少なに、互いの前提知識を確かめ合う。
 そう、わたしたちは、銀河鉄道が死者を運ぶ乗り物であると知っている。
 そんな場所に今「いる」ということは、ふたり生死の境をさまよっている可能性もあるわけで、普通に考えて、極めてとっても非常によろしくない。

「いま、どの辺にいるんだろうな」

 成幸くんの言葉とほぼ同時に、わたしは靴を鳴らして誰もいないボックス席に駆け込む。
 車窓に張り付くと、水晶を流したようにキラキラする水の流れに沿って、銀色に輝くすすき野原が見えた。
 頭の中の本のページを高速でめくって、ぴったりくる場面を探す。ここだ!

「成幸くん見て、あのすすき野原! たぶんまだ、物語の冒頭だよ!」

 ジョバンニとカムパネルラが再会したシーン、銀河鉄道の旅が始まったばかりの場面だ。
 続けてわたしは、ボックス席の中を見回す。

「あったよ地図も、ってわわっ!?」

 銀河ステーションで配られたはずの丸い地図。ぽんとひとりきりで置かれていたそれを持ち上げたわたしは、予想以上の重さによろめいた。
 あやうく床に落としそうになったそれを、成幸くんがわたしの手ごと、包むように支えてくれる。

「だいじょうぶか?」
「そっか、黒曜石で出来てたんだよね……この地図」

 あったかい。掌に伝わる石の冷たさとは正反対のぬくもりに安心感と元気が湧いてくる。
 だいじょうぶ、成幸くんは、『こっち側』だ。

「ジョバンニって、最後どうやって降りたんだっけ」
「自分からは降りてないよ。カムパネルラとお別れして目が覚めちゃう。ええと……」

 続く成幸くんの問い掛けに、わたしは記憶の海から星図をひっぱりだしながら、ひんやりした銀河鉄道の路線図の上を人差し指でなぞる。

「わたしの見立てがあってるなら、このあと止まるのは白鳥の停車場。そのあとも、いろんな人と出会うけど、サザンクロス駅を過ぎると誰もいなくなっちゃう。別れるのは、その後」

 コールサックを過ぎて、いつまでも一緒にいようねぇと語りかけたジョバンニを置いて、カムパネルラは遠くへ行ってしまう。
 その様子が音声付きで再生されたところで、ぞくり、悪寒が全身を襲う。
 万が一、成幸くんとそんなことになってしまったら。絶対に、嫌だ。

「それまでにはなんとかしたいよな……アナウンスがあるまで、とりあえず座るか」
「うん」

 早くなった鼓動を押さえるようにして、目の前の席に座りこむ。
 柔らかく反発してくる背もたれの感触は、幻覚とは思えないリアルさだ。
 続いて、ちょっと迷う様子を見せた後、成幸くんがわたしの隣に腰掛けてきた。
 ぴったりくっついた太ももの感触に、改めて視線をあげると、わたしたちの服装は、最高におめかしした今日の姿のままだった。
 勇気を出して開いた胸元が急にすーすーしてきて、思わずわたしは、羽織っていた上着の裾を合わせた。

「文乃、なんか思い当たること……ある?」
「ううん」

 3文字で答える間に、直前の出来事をわたしは思い出そうとする。
 本当に素敵な舞台だった。雰囲気に飲まれ、ほとんど喋れないまま劇場を出て、電車に乗った。
 そこまでは覚えている。でも、そこまでだった。
 おうむ返しに成幸くんに尋ねても、返事はまったく同じで、手掛かりはまるでなし。
 そこでひと呼吸の間があって。
 次の瞬間、コントのように同じタイミングで、成幸くんがポケット、わたしが鞄に手を突っ込んだ。

スマホは……あるわけないか」
「だよね」

 顔を見合わせ苦笑いを交わしあう。そうだよね、明らかに雰囲気を壊すしね。
 ――そしてわたしは、ぽつり、呟く。

「誰も見たことがない。だからこそ誰もが見ることができる。本当にそうだったね」
「さっきの舞台の話か?」

 うん、とわたしは頷き、座席のビロードをなでる。つるつるして高級感があるけれど、亡くなった人を思わせるように、ひんやり冷たい。

「うん。稽古の時に、亡くなった巌さんが言っていたんだって。銀河鉄道は心の中にある、だから、観客の心に作らせればいい、って。劇団員の人へのインタビューに出てた」
「だからか……すごかったよな。ステージの上、イスしかなかったのに、スモークが流れるだけでこの列車のイメージそのままだった」
「だよね。舞台演出って、作りこんだセットとか照明のことじゃないんだね」

 わたしは立ち上がって、車窓を引き上げた。
 かしゃん、と記憶にある音がする。
 カムパネルラーー夜凪さんが窓を開ける仕草をすると、効果音もないのに、本当に窓の開く音が聞こえた。
 ジョバンニに教えようと指差した先には、影絵さえないのに、いま車窓を流れていく銀河が見えた。
 いま思い返すと怖くなるぐらい、素敵な舞台だった。
 ジョバンニ役の明神さん、そしてカムパネルラ役の夜凪さんは、演じる、という言葉がふさわしくないぐらい、役そのもの、だった。
 時々、上手に演じている他の役者さんが出てこなかったら、人としての名前を思い出せなくなりそうなほどに。

「プロの劇って初めて見たけど、すごかったよな」
「うん、すごい、以外の言葉が出てこないよね!」
「お父さんにもちゃんとお礼を言わないとな」

 川面を渡ってきた冷気を横顔に受けながら、わたしも頷く。
 そう、お礼を言うためにも、なんとしてもここから戻らないと。
 物語の台詞じゃないけど、このまま戻れなかったらおっかさん、じゃなくてお母さんもお父さんも、成幸くんのお母様だって許してはくれないだろう。
 薄暗い車内が、にわかにぱっと白く明るくなった。
 青白い天の川の流れの中央に、ひときわ白い十字架を立てて、ぼおっと輝く島があった。

北十字、だね」

 はくちょう座、だっけ? という成幸くんの声にあいまいに頷きながら、わたしは幻想的なモニュメントにしばらく見とれた。
 凍った北極の雲で鋳た、という文中の表現がぴったりだ。
 ほたるいかの火といい、文字だけでこんな世界を描き出せる人は、生きている間、どんな美しいものを見つめていたんだろう。
 わたしに釣られたように、成幸くんも窓の外の十字架を無言で眺めていた。
 視界からようやく過ぎ去ると、ほっとため息と一緒に、今度は成幸くんが呟いた。

「こんなときだけど、絶景だな。宮沢賢治って、本当に星が好きだったんだな」
「うんっ、『銀河鉄道の夜』以外にも『よだかの星』とか『双子の星』とか『烏の北斗七星』とか、他にもたくさん星が出てくるお話があるんだよ! あとはね『星めぐりの歌』って歌も作ってるの!」
「へぇ、知らない歌だな……文乃、歌ってくれない?」
「え? は、恥ずかしいよ歌うなんて!」

 予想もしていなかった提案に、つい他のお客さんの姿を探してしまう。
 でも幸か不幸かこの車両、どうやらわたしたちの貸し切りだ。

「俺たち以外、誰もいないみたいだよ」
「で、でも」
「俺は聞きたいな、文乃の歌」
「……どうしても?」
「どうしても」
「…………そ、そこまで言うなら……一回だけだよ?」

 覚悟を決めてわたしは、小さく息を吸い込む。
 頭の中で前奏を流し、歌い出しを口の中に運ぶ。

「あかい」
「唯我成幸、さんですか?」

 歌声に割り込んできたその声に、わたしは文字通り、イスから飛び上がった。
 ついさっきまで誰もいなかったはずの通路に、赤い帽子を脱いで小さく頭を下げる男性が立っている。
 しゃ、車掌さん! 原作なら、ここでは声をかけてくるはずのない!

「せ、拙者たちはそのような怪しい者ではござらなくてそのッ!!」
「あ、あのその、誓って無賃乗車じゃないんです本当にッ、気づいたら急にここで!!」

 久しぶりに胃の辺りがキリキリ痛みだす。もうっ、こんな不安までリアルじゃなくてもいいのに!
 車掌さんはわたしたちのリアクションに盛大に首を傾げてたけど、すぐに仕事モードに戻り、肩掛けにしていたバッグから、白い封筒を取り出した。

「お客様にお手紙です。受け取りをお願いいたします」
「……俺に?」

 ぽかんとした顔で自分を指さした成幸くんが、続く名前を聞いて、石のように固まった。

「はい、唯我輝明様からです」

 まもなく列車は物語通り、白鳥の停車場に滑りこんで止まった。
 駅舎にある時計の針をちらっと眺めたけど、ジョバンニたちと違って下車はしない。
 代わりに、「文乃も一緒に見てほしい」という成幸くんのお願いを受けて、一緒に封筒の中身の便せんを食い入るように見つめる。

『成幸へ』
「父ちゃん……父ちゃんの字だ」

 手紙の出だしだけで、成幸くんの手と声が、目に見えて震え出す。
 もう亡くなった人からの、新しい手紙。やっぱりここは、この世と違う、銀河鉄道の世界なんだ。
 わたしはその肩にぴたっとくっつき、続きを目で追う。

『突然乗せて悪かったな。さぞ驚いてるだろう。まず、運賃は払ってるから心配するな』
「「犯人アンタか!!」」

 一秒前の神妙な空気を忘れ、わたしも一緒に声を合わせてツッコんでしまう。
 さすがにそれはねぇだろ、だよ!

『いきなしにならないよう、ちゃんと夢枕に立とうとしたんだが、お前寝ないもんだから、伝えそびれてな。慌ててこれを書いている』
「……」

 瞬転、今度はわたしたちは顔を見合わせ、そっぽを向く。
 確かにわたしも、昨日の夜は緊張しすぎて、ほとんど寝た気がしなかったけど……。
 そうなの? まぁ……と言葉を濁したやり取りをしながら、成幸くんは続きを声に出して読み進める。

「さて、呼んだのは他でもない。アルビレオの観測所にちょっと届け物をしてもらいたいんだ。届け物は車内で鳥屋が運んでくる。こんなの自分でやれと思うだろうが、その列車、俺たちは気軽に乗れない代物でな。終わったら帰れるから安心してデートの続き楽しめ……って、どこまで見てんだよ父ちゃん!?」

 盛大に動揺した成幸くんを置いて、わたしはその先に目を走らせる。

『俺の方もまぁ楽しくやってるよ。こっちでも教師だ。石っこ賢さんに習ってから、鉱石にも興味出てきて、いまは地学も教えたりしてる。だから気負わず身体に気をつけて頑張れ。 輝明より。』

『追伸:父ちゃん父ちゃん泣いてた奴が、一張羅着て、可愛い彼女とデートするようになって、父ちゃんも嬉しいぞ。またな』

 末尾の追伸まで読んだわたしは、そのまま、無言を破れなくなってしまう。やっぱりお手紙は、一緒に読んじゃだめだよね、うん。
 追い付いてきただろう成幸くんも、押し黙ってしまう。

「おっと……これは文乃宛てだよ」

 照れ隠しをするように、成幸くんが泣き笑いの顔に片手をやったまま、もう片手で一枚だけ便せんを付き出してきた。
 ほてった顔のまま受け取り、一つ深呼吸してわたしは、中身に目を落とす。

『古橋文乃 様
 初めてのご挨拶が手紙になって申し訳ない。成幸の父です。成幸は誰に似たんだか、いろんなところで不器用で、小姑の水希の相手も大変だと思うけれども、これも何かのご縁。どうか、これからも息子のこと、よろしく頼みます」

 夢見心地のままわたしは、ほんの数行の文章を何度も読み返した。
 白と黒の列なのに、成幸くんの家の写真で見た通りのお顔から、ちょっと低めの声でわたしの名前が呼ばれた気がした。
 常識じゃ考えられない。けど、目の前の手紙はいまのわたしたちを見ていたかのように、自然なことばで応じてくれる。成幸くんの、お父さんとして。
 けれども、肝心のことがまだぼやけたままだ。車内で受け取る何かを、いったい誰に、何のために運んでいくんだろう。