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一陽来復のSummer Pockets(ぼくたちは勉強ができない・理珠SS)

※ゲーム「Summer Pockets」の蒼ルートを話したいがために、同作品をメタ描写抜きで題材にした「ぼくたちは勉強ができない」理珠と成幸のお話です。
当然、がっつりネタバレを含みますので、ご了承の上お読みください。



 ――成幸さんは、思い出に残る夏休みというものがありますか?

 突拍子もなく放たれたセリフが、俺の思考を停止させた。
 高熱に浮かされたせいで、師走のある季節を勘違いしてしまったのかと思うぐらい突飛な言葉。だが、いつも真っ白いはずの頬を紅くし、枕に頭をつけたまま、素の瞳で俺を見上げる理珠の表情は、あくまで真剣だ。
「どうしたんだ理珠、突然」
「知りたくなったので。ありますか」
 自分の彼女が、いわゆる「言ってほしかっただけ」を求めるタイプじゃないことは知っている。身体を起こそうとするのを手で制しつつ、それでも俺は、まず自分の素直な気持ちを口にする。
「そんなのさ。大学一年生の時のに、決まってるだろ」
「それは嬉しいのですが、そうではなく……小学生とか、中学生とか、受験より前の頃です、ありますか」
「そうだなぁ」
 親父がいなくなって初めて迎えた夏休みは、中学の時だった。淋しさに捕まってしまわないよう、勉強や家事手伝いに明け暮れていた。
 小学生の時は近所の公園で遊んでいたけれど、取り立てて珍しい体験をした記憶はない。
「――ない、かもなぁ」
「それが普通だと、お話にもありました」
 また、前後関係が飛んだような会話。
 そこのタブレットを持ってきてください、と続けられた言葉に解決の糸口を期待して、俺は言われるままに冷えた液晶板を手渡す。
「ちょっと根詰めてゲームをしてしまって……年末の忙しい時にそんな理由で熱を上げてしまって。お恥ずかしいです」
「げ、ゲーム?」
 連絡が来たとき、風邪ではありません、たぶんただの過労ですと言ってはいたけれど。言いにくそうにしていた理由はそれか。
「ゲームと一口に言っても、ボードゲーム、テレビゲーム、愛してるゲーム、様々なものがありますよね」
「うん」
「調べたところ、世の中には『泣けるゲーム』というものがあると知りまして」
「うん」
「どのようなものか、どうしても知りたくなってしまいまして」
「で、ここに至ると」
 画面には、インターネット上のページなのか、別々の方向を向いている女の子が4人と作品タイトル。
 これは……カレエゴの逆パターン、男性向けのいわゆる『恋愛シミュレーションゲーム』ってやつだよな。これか。
「実際、泣けたのです。感動しました。アマンダの時が嘘のようです」
「お、おう」
 そりゃそうなんだろう、倒れるレベルでのめり込んだんだから。
 知り合った頃から考えればだいぶ落ち着いたとはいえ、時折思考がぶっ飛ぶのは相変わらずだと思う。
「そうしたら、この感動を共有する相手が欲しくなりましてですね」
 やれと。
 ふんす。
 目線と鼻息で会話が成立。
「ぶっ通しなら、ひとり恐らく3、4時間で終わります」
「いや、時間じゃなくてさ。熱で苦しんでいる彼女の隣でひとりゲームにいそしむっていうのは」
「そうしたら成幸さんはきょう帰らない理由ができます。今晩は冬至、最も夜が長い日なのですから、一晩そばにいてくれるだけで嬉しいです」
「そっか」
 そこまで言われたら、やらない理由はない。
「お腹が減ったら、うどんはたくさんありますから」
「お、おう。でもうるさいと思うし、イヤホンはするよ。差す穴、どこだっけ」
Bluetooth、無線のものを貸します。使ってください」
 そう言いながら、理珠が「サマポケ」と書かれたアイコンをクリックした。
 メーカーと思しきロゴの後、さっきの画像と違い、女の子が一人きりで佇むタイトル画面が表示される。
「ん? なんか画面変わってない?」
「クリアした女の子は画面からいなくなる仕様のようです。冒頭は、説明パートなので少しだけ休ませてもらいますね」
 そういうと、理珠は眠りについてしまった。
 まぁ、とりあえず、とスタートボタンに手を伸ばすと、画面が緩やかにホワイトアウトする。
 ほどなく、耳にウミネコの鳴き声、波音、モーター音。そして、


『間もなく、鳥白町漁港に到着します』


 船内放送と思しきアナウンスが耳元に流れる。
 そして、海に浮かぶ緑の島に重なるように現れる、メッセージウィンドウ。
 ――こうして、病気の彼女とふたりでいるのに、奇妙な時間が始まった。

 主人公――鷹原羽依里は、当然のように男だ。
 ずっと打ち込んでいた水泳で失敗し.、荒れて停学になって。
 祖母の遺品の整理を手伝うという名目で、離れたこの島に、逃げ出すようにやってきた。
 でも、居候する先の叔母は、何かと理由を付けて整理を手伝わせてくれない。
 宙ぶらりんのまま、原付で島をほっつき歩く毎日。
 そのうち、島に住む同い年ごろの少年少女が、田舎らしくあっという間に仲間に入れてくれて、それからは午前と午後、誰かを探して会いに行くようになる。
 まるで、夏休みの過ごし方を思い出せというかのように彼は、真夏の海や山を歩き回る。
「――どこまで進みましたか」
 熱っぽい吐息が頬にあたり、俺は現実に取って返す。
「まだ寝てろよ理珠、何かあればすぐやめるから」
「いえ、大丈夫です」
 ゲーム内の暦は8月に入ったばかりだった。
「成幸さん、ゆっくり読み過ぎているのでは」
「そこまで」
 いや、未読時に取れるだろうレコードを手に入れてしまったから、何か間違えてしまったと思って一回やり直したけどさ。
 常識的な選択肢を選んだはずなのに、島中に「歌を忘れたカナリア」という二つ名が広まってしまったら、何かの間違いかと思うじゃないか。
「お話は8月の終わりまであります。もうちょっとテンポよくいきましょう」
 確かに男キャラとかとの掛け合いは、笑うためで本筋には関係なさそうだ。女の子と結ばれるためのゲームなんだから、女の子に集中しよう。
「そう言えば最初に、女の子にどすこい、って言われたよ。あれ、本当にある言葉なのかな」
「瀬戸内の方言らしいです。うどん県が近いのにノーマークでした」
「そうなのか」
 ゲームや漫画のキャラは、特徴をつけるために変な口癖があったりするけど、違うのか。
「その子もシナリオはあるようですが、成幸さんはいま誰を追いかけているのですか」
「この子、この駄菓子屋の店番の子」
 ちょうど画面に出ていたので、顎で指し示す。長い髪の女の子。気づけばなんとなく、追いかけていた。
「蒼ですか」
 蒼、フルネームは空門蒼という。
 事故で着替え中の下着姿を覗いてしまい、叫ばれた拍子に手に持ったかき氷をぶっかけてしまうという、とんでもない迷惑をかけた相手だ。
 さっきの、どすこいと言われた子と一緒で、ファーストインプレッションは最悪の部類に入るだろう。
 理珠にも最初の頃よく睨まれたりしていたけどさ、俺、別に白い目で見られるのが好きなわけじゃないぞ、うん。
「なんかノリが紗和子みたいなんだよな、この子」
「そう思って私もこの子と最初に結ばれました。一緒ですね」
 そう言って熱い息を吐いた理珠の顔に、手をやる。
「熱いぞ理珠。少し冷やそうか」
「そうでしょうか、少しは良くなったと思うのですが」
「待ってろ」
 ぬるくなっていたアイスノンを外し、冷凍庫を開けて放り込む。
 替えはなさそうだが、保冷剤があったのでビニール袋に包み、代わりに持っていく。
「こんなんだけど、起きてるならまだこの方が楽だろ」
「ありがとう……ございます。冷たくて気持ちいです」
 言い終わると、理珠が力が抜けたように身を寄せてくる。その感触に、俺は心配以上の感情を覚える。
「……えっと、いまブラ、してない?」
「寝ていますから」
 無意識なのか意識的なのか、身体の重みと重力で、そのふくらみがより強く腕に押し付けられる。
 慣れたとはいえ、慣れてしまったら問題だし反応してしまったら負けだし、生殺しというか拷問に近い。
 蒼も作中では大きいという設定みたいだけど、隣の理珠に比べれば比較するのもかわいそうだ。
 そんなこんなで、理珠の体温が物語の夏の暑さと混ざってきた頃、ふと涼しそうな単語が画面をよぎる。
「成幸さん、どうしてこのふたりはマンゴーフラッペチーノで大騒ぎするのでしょう」
「ん?」
 理珠の声で遮られ、何かの音にしか聞こえなかったセリフを巻き戻すと、確かにその単語でふたりが大騒ぎしていた。
「どうしてでしょうか」
「……えっと」
 そういうことだよな、登場人物の反応的に。
「紗和子は、言葉を濁して教えてくれませんでした」
「伏線かもしれないし、終わってそれでも知りたかったら説明するよ」
 一応全年齢ってなっていたはずだけど、容赦なさすぎるぞSummer Pockets。多分「マンゴー」と「フラッペ」に分けろということで、ヤッターマンとコーヒーとライターを続けて言うような意味のネタなんだろうけど、流石に自分の彼女に向かって意味を口にはできないぞ俺は。

『ポン!』

 沈黙を守ったまま、青いキツネ(イナリというらしい)の鳴き声と、他の子と2レベルぐらい違うんじゃないかって大きさで響く蒼の声で、よからぬ言葉を洗い流していく。
「理珠。熱出したのは疲れが原因なんだろ。大丈夫、読み進めておくからまた寝ててくれよ」
 そして、現実にいる理珠の方も静めにかかる。
「そうですね。彼女の服が変わったころまた起こしてください」
「服が、変わる?」
「それはお楽しみです」

 展開は、普通な恋愛漫画のようだ。彼女に会いに行き、話して、たわいもない時間を過ごして、いつしか距離が縮まっていく。
 そんな蒼の家に招かれ、父親が蝶を集めていることを教えてもらい、そして、診療所の話題が出始めたころ、物語は一変する。
 儀式服のような和装で、深夜の山中に姿を見せる、ひとりの少女。
 手を伸ばし、虹色に光る奇妙な蝶に触れては嘆息し、またひとり暗闇を彷徨うように歩く彼女。
 山の祭事と称し、夜な夜な、灯篭を片手に山中を練り歩く少女は――あの騒がしいはずの、蒼だった。
 そしてタイトルロゴにもいた、蝶の名前が明かされる。
 七影蝶、と。
 それは、末期の人の未練や思念が形になったもの。
 触れることで、その記憶を視ることができる、そんな存在だった。
 それを俺が知ることができたのは。主人公が蒼の真似をして蝶に触れ――。


『っの……バカ!』


 絶望と無念に乗っ取られ自ら命を絶とうとしたところを、彼女に平手打ちされたからだった。


『……あんた、あんな目にあってて、よくそういうこと訊けるわね』
『っていうか、真面目に説教したいレベルなんだけど?』


 七影蝶とは、残留思念。美しい見た目とは裏腹に、要は亡霊や怨霊のようなもの。外れクジを引いた場合、強制的にその負の感情を我が身で追体験させられる。
 存在を知ってしまったからにはと、山の祭事の目的を明かす蒼。
 そして、探している記憶があることを蒼は明かす。昏睡状態の姉、その姉の記憶を探していると。
「成幸さん、あと残りは3分の1ぐらいです」
「理珠」
 その声に、思わず安堵のため息が漏れた。
 今は、理珠が起きてくれたことが素直に嬉しかった。
 泣けるゲームというのだから当然なのだが、ひとりで読むのはしんどくなってきていた。
 燃やし損ねたままのエロ本を気に病む亡霊の記憶を掴んだりして、時には笑いを取りながらも、肝心の記憶は一向に見つからない。コメディタッチはどんどん減り、姉の容体は悪化し、蒼の身体の負担も増していく。
 選ばれし巫女であるから耐性がある、と気丈に振る舞う蒼。
 だけど、その身を削って行っていることは、主人公にも読み手の俺にも、分かり過ぎるぐらい明白だった。
 そこまでして求める記憶――姉の七影蝶を探す真の理由を、ようやく蒼は語りだす。
 遠い昔、自分が拒絶したせいで、姉はこの山中で重症を負って深い眠りについた。目覚めを忘れてしまった彼女に、なんとか謝りたいと。
 その苦難の道を、支えたい。そう、主人公は思い。
 支えてもらいたい。そう、蒼も願った。
 出会いからたった数週間だけれども、お互いを好きになった二人は口づけを交わし、そのまま山中で一夜を過ごして――。
「あ、成幸さん。ここの意味が分からなかったです」
「えっと、理珠。本当に?」
 急な理珠の声かけに、俺は慌ててメッセージウインドウを戻す。


『……太陽が眩しい……』
『あんたが寝かせてくれないから……』
『まって、それは俺だけのせいじゃない』
『まぁ……、そうかもしれないけど……』
『それより大丈夫か?』
『あ、うん、平気。結構……えっと…優しくしてくれたし』
『いや……家の方のことなんだけど。一晩帰らなかったから』
『あ……あああああっ! な、なんでもない! 平気!』


「なんでこのやり取りがエロいことになるのでしょう。『確かに、識ってるだけだから、いろいろ拙いところがあったかもしれないけど……』とありますが、何を知ってのことでしょうか」
「理珠」
「はい?」
 頼む。現代文で心情理解をたくさん教えたんだからそこは気付いて。
 相手は病気だということを考慮し、全身全霊で真面目な顔を作って、俺は彼女に対し状況説明を試みる。
「自分と俺に置き換えて見ろ。キスして好きだと確かめ合って、その後一晩、ふたりっきりでいたんだぞ。キスだけで済むと思うか?」
「え……ええっ!? で、でででもこの時場面は屋外ではなかったですか成幸さん!?」
「その……そういうことも、あるんだ。あ、あお」
「あお?」
 説明を終えた瞬間、珍しくグーで俺は叩かれた。何回も。ゴメンナサイもう言いません。

 そうして、ついに主人公と蒼は、双子の妹の記憶を見つけ出す。
 ようやく生かされた設定、主人公の祖母の遺品の中にあった「抜け出した七影蝶の記憶を身体に戻す方法」を試すと、ついに姉妹の再会が実現した。
 蒼が……深い眠りについたことと引き換えに。
「……」
「……」
 音楽が目まぐるしく変わる中。
 俺も、理珠の口数も少なくなる。
 かなりの時間が経っている気がするが、最後に飲み物を採った時間も思い出せなくなってきた。
 蒼の代わりに双子の姉、藍が冗談を交えつつ蒼の思い出を話し続ける。
 それに釣られたように、やらしいネタの応酬が挟まれる。
 そうして。
 主人公が、元の家へ帰らなければいけない時が、刻一刻と近づく中。
 ふたりは、蒼の目覚めを待ち続ける。
「……」
 傍らの理珠の腕の力がひときわ強くなったのは。


『……えへへ、おはよ、羽依里』


 蒼が、ついに目を覚まし、姉妹で久し振りの言葉を交わした時だ。
 ようやく目覚めたのに、曲もテキストも、告げている――ここが、ゴールではないと。


『いいえ、羽依里さんがこちらに来る前に、蒼ちゃんとは沢山話しました』
『だから、ひとまず譲ります』
『蒼ちゃんが……』
『起きていられるうちに……』


 沢山の人生の記憶を一身に集めた代償は、自我が失われてしまうこと。
 人の身に抱えきれなくなった記憶が、七影蝶の形に戻り、蒼の身体から一羽、また一羽と零れていく。
 蒼が言う。この記憶をあるべき場所に返すから、私をそこまで運んでほしいと。
 主人公、羽依里は歩く。
 どこまでも晴れ渡った、夏の島の道を。
 その背に蒼をおぶったまま。
 夏の終わり、道を際立たせる夏日が。夏を刻んだ波音が。
 別れを。
 永久(とわ)の別れを、予感させる。
 動いているはずの自分の指から、時々感覚が消える。
 もう画面の向こうと俺たちの間に距離はなく。
 隣の理珠とふたり、どこにもあるはずがない、同じ夏の中にいる。
 ゆったりとした歩みで、ひと夏を過ごした島を、ふたりは巡っていく。
 時折、意識を失う蒼を、懸命に繋ぎ止めながら。
 だから、俺は願った。
 頼む。
 頼むから。
 ふたりに、奇跡を。

 ――そして。

 緩やかに画面が切り替わってゆき。
 何十もの虹色に煌めく蝶が、目を閉じた蒼の身体から羽ばたいていく。
 彼女が取り込み続け、自我の境界が失わるほど取り込み続けた、名も知れぬ誰かの、無念の記憶たち。
 これは吉兆かもしれない。それらが抜ければ、彼女の記憶だけが身体に残るかもしれない。
 一瞬、主人公と同じように信じた俺の願いを嘲笑うかのように、


『待て! 蒼!  行くな!』


 彼女の記憶も、無数の蝶たちとともに、身体から抜け出していく。
 ひときわ高いところを舞っていく、彼女の記憶。
 そして俺たちも、知る。
 他愛もない事、バカなこと、危ないこと、楽しかったことをしていた、夏休みが。
 この夏が。
 終わることを。

 毎週海を超えてやってくる、主人公の姿が画面に映っている。
 また巡り来る夏。
 エンドロールの後、蒼の声が、その後の羽依里の行動を語る。
 ただ、それがハッピーエンドの予告なのか。主人公の願望なのか。
 傍観者に戻った俺たちには、類推することしかできない。
「――成幸さん」
 オープニング画面に照らされながら、いつのまにか眼鏡をかけていた理珠が、俺を覗き込んでくる。
「いかがでしたか」
 無言で俺は、理珠を見つめ返す。
 その問いかけへの返事に、言葉は、いらないと思った。
「きっと、きっと蒼は、帰ってくるんですよね」
 続けて理珠が、問いかけてくる。
 小さい頃の和樹や葉月のように幼く響く、問いかけ。
 それでも俺は。
 大好きな人のために言い切る。
「ああ、絶対だ。絶対に、戻ってくるんだよ」
「そうです、よね」


『寝てる蒼を起こすのは俺の役目なんだから』


 その台詞を、信じて。
 読んできた膨大なセリフと文は、小説と呼ぶには砕けすぎていて。
 移り変わる絵は、挿し絵よりは彩り豊かだけど、アニメーション程は贅沢ではなくて。
 それが、有り余るほどの旋律で結ばれ、頭の中に描き出される情景が。
 たまらなく愛おしくて、哀しい。
「――俺たちは、さ」
「え?」
「俺たちは、こんな過酷な恋愛じゃなくて、よかったよな」
「――そうですね」
 我ながら、感傷的になっていると思う。
 遠い画面越しの、あるはずのない夏の話に、心が引き込まれている。
「成幸さん」
「理珠?」
「私が蒼のように目を覚まさなくなっても、ずっと一緒にいてくれますか?」
「当たり前だろ」
「ごめんなさい変なことを。架空な物語に自分を重ねるなんて非合理的です。でも、もし万一そうなった時には」
「何言ってんだよ」
 返事を待たず、ずっとしたかったキスを理珠の唇に落とす。
「それが、愛してるってことだろ」
「成幸さん……」
 呂の字。
 口と口が繋がる形だからと、向こうの世界ではそんな例えをしていた。
 いつもより熱をもった肩を、いつも以上に優しく抱き寄せ、もう一度だけキスをする。
 目を閉じ、唇をつけたまま、心で願う。
 鷹原と空門のふたりにも、身を寄せ合う冬が訪れますように、と。