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Princess on a star⑤(ぼくたちは勉強ができないSS)

「文乃っち……?」
「こ、これはそのあのそのっ」
 掛けられた声に、反射的に両手があわあわ踊って、わたしはいつものように取り繕おうとした。
「いま、好きって」
 けど。
 尋ねてきたうるかちゃんの心底驚いた顔。そしてその向こうに、わたしの背中を押した3人の幻影を見て、目を覚ます。
 そうだ、なにしてるんだよ、わたし。
 うるかちゃんにも言えずに、この先、どうやって自分の想いを伝えようというんだ。
 太ももの上に置いた手を、しびれるぐらい握り締め、
「……そうだよ」
 一度、強く頷く。
 それでも足りないと思った。
 どんなに祝福しようとしても、友達にお願いされても、たとえ涙ぐむ親友を目の当たりにしても。決して抑えられなかった気持ちが、わたしにはある。
「好きなのわたし。好きなんだよ、成幸くんのことが」
 濡れた頬をさらけだしたまま、言い切る。
「!」
 その言葉に張り詰めた気配は、ひとつじゃなかった。
 かちゃん、と別な音の形で、割り込んでくる。
「……すみません、どうしても気になって、来てしまいました」
 あぁ。
 お箸の音、だ。
「文乃。文乃も好きだったのですね。成幸さんのことが」
「……うん」
 まだ蓋を震わせている鍋焼きうどんをお盆にのせ、りっちゃんが顔を覗かせていた。
「……」
 洗面器が落ちた音でさえ、身じろぎひとつしなかった成幸くん。
 いまのわたしたちの会話にも反応はなく、深い夢の中だ。
「リズりん……せっかく作ってくれたのにゴメンだけど、ちょっと場所、変えよっか?」
 今さらのように洗面器を拾い上げ、飛び散った水の前に立って、うるかちゃんがわたしたちを促した。



 特に確認もしなかったけれど、自然と足は談話室に向かって。
 無言のまま、めいめい違う向きのソファに腰掛ける。
 沈黙は、長くは続かなかった。最後に、うどんの入ったお盆がローテーブルに置かれると、あきれるほどあっさり、うるかちゃんが切り出したから。
「実はあたし、この前成幸に告白したんだ」
 反応を確かめるように、うるかちゃんが目を向けてきたけど、驚いてはあげられない。
 あの金色の光景が、もう一度繰り返されただけで。
「……びっくり、した?」
「驚きません。海原さんと川瀬さんが大声でお話しされてましたから」
「うえぇぇ! リズり……っど、ドコでっ!?」
「旅行準備で行ったスポーツ用品店で、たまたま。なんでうるかの奴、返事もらわねーんだよって」
「えっとまぁ、その通りで、返事はいらないっていっちったんだけどさ……」
 うなじを掻き、うるかちゃんが、いろんな意味でやり辛そうに目線をさ迷せ、言い淀む。
「なんか謝るのもヘンだけどさ、だから旅行中、隠してたみたいで、ごめん」
「文乃、私も謝ります。あの時は、成幸さん本人の前でそんなこと切り出すわけにもいかず、結局こんな形になってしまって」
 わたしの動きのなさを、衝撃で固まったせいだと思ったのか。
 ふたりの申し訳なさそうな視線を前に、わたしは。
 唇だけで息を吸い。
 吐く。
 そして。
「いいんだよ」
 そんな言葉を口にしていた。
「え?」「へ?」
「驚かせたのは、わたしも一緒だよね」
「そ、それは確かにそうですが」
「それに知ってたから、ふたりが成幸くんを好きなことは。いっしょに勉強しながら、どっちを応援したらいいの、どっちが先に告白しちゃうのかなって、ずっとずっと考えていたから」
「……って、そ、それじゃ、リズりんも成幸のコト!?」
「さっきの『文乃も』の『も』は、そういう意味だよね、りっちゃん?」
 そのまま、消えたテレビを背にしたりっちゃんに、笑いかける。
「……敵いませんね、文乃には」
「わかるよ」
 声は、自分でもわかるほど震えていた。
 親友たちのどちらにつこうか、模様眺めしながら見守っていたんだよと口にしたのだから、当然だ。
 目の前のりっちゃんのメガネのレンズに、突っ伏して泣いていた姿が重なって映る。
 でも、だからこそ。
 わたしが、こうして踏み込んでしまった方が、いいような気がした。
「そうです。私も成幸さんのことが好きです。大好きなんです」
「……そっか。びっくりだよね。まさか、ふたりまで成幸のこと……」
「文乃はずっと知っていたのですね、私達の気持ちを」
「うん」
「でも、文乃も好きなんですよね、成幸さんのことが」
「……うん」
「私達に遠慮して――今まで、つらい思いをしていたのですね。よしよししてあげます。あとせっかくですから、あったかいうちにうどん食べます?」
 りっちゃんが、わたしをよしよししながら器用にお鍋のふたを開ける。
 ぼわっとした湯気が顔を包んで、かまぼこ、油揚げ、青菜。それに熱さで白身だけが固まった、ぽっちりした卵がひとつ、浮かんでいるのが見えた。
 夕食になかった、お出汁の香り。
「う……じゃあ、いただきます」
 本当は、逆じゃないかなと思いながら。
 おなかが鳴ったわたしは我慢できず箸を取り、成幸くんに向けて作られただろううどんを、口に運んだ。



 ずずっ、ずずっ。
「……」
「……」
 気づかうように、無言でいられるのが恥ずかしい。
 麺をふーふーしながら、わたしは、まずは正面のうるかちゃんと目を合わせた。
「うるかちゃん。前からお友達って相談してくれていたのは、ぜんぶ、うるかちゃん自身のことだよね。ファミレスで留学行く話聞いた時なんて、足元で大変だったし」
 左手を、お箸からレンゲに持ち替える。
 ぼっと湯気を立てて発熱したうるかちゃんを横目に、今度は、りっちゃんに顔を向ける。
「おいしいよりっちゃん。うん、りっちゃんもそうだったよね。自覚したのはクリスマスの時だったかもしれないけど、わたしの目からはずっとそうだった。成幸くんのお話になると、いっつもすごく動揺してたし。バレンタインチョコを作っていた頃は、もう隠す気もなかったでしょ」
 ずずっ、とおつゆをすすった音に合わせ、りっちゃんの、うどんのように白いお肌が、かあっと赤くなる。
「だから、ふたりが成幸くんを好きなことは、分かってたんだ。幸せになってほしいなって、思ってた」
 不思議なぐらい自然に、ふたりへの思いが流れ出していた。
 だからかもしれない。
「だけどね」
 レンゲを置いてそう口にしたとき、驚くほど自分の気持ちも澄んでいた。
「わたしも、成幸くんが好きになっちゃった。ふたりを通して、成幸くんのいいところを、たくさん知って、気づいちゃったの――いままでは応援してたから、怖くて言えなかったけど」
「文乃っち」
 温かいものが、どしっとお腹にたまったせいだろうか。自分の大切な気持ちだって、腹落ちしたからか。
 よどみなく、言葉があふれてくる。
「好きなの。ふたりへ嫉妬しちゃうぐらい。自分でも止められない。だから、うるかちゃんが告白してても、この気持ち、成幸くんに伝えようと思ってる」
「!」
 ふたりが息を飲むのが、はっきり聞こえた。
「ごめんね。でも決めたんだわたし」
 それでももう、怖くない。
「ダメだったら、うるかちゃんやりっちゃんの後押しになってくれるかなって思うし――それにもし、もしもね、成幸くんがわたしの気持ちを受け取ってくれたら、すごく嬉しいなって、思えるから」
 先に表情を緩めたのは、うるかちゃんだった。
「――まっさかね、文乃っちにライバル宣言されるなんて、ヨソーガイというか……そういうのは、リズりんがやりそうかなって、思ってたし」
「そうだね」
「でもさ、それがいいよ。みんな幸せになる権利があるんだから、エンリョなんかなし。心のままに動いていいんだからね」
「なら、私も負けません!」
 うるかちゃんに遅れること何秒か。
 しみじみ言ったうるかちゃんとは対照的に、りっちゃんはソファから立ち上がると、胸元でこぶしを握り締め、真剣に私たちを見下ろした。
「同じ土俵で並び立ち、時には戦いあえる存在をこそ、友達と呼ぶのだと思います。ゲームも競争も、真剣勝負だからこそ勝ったとき嬉しいのです。私も成幸さんが大好きです。相手が文乃でもうるかさんでも、遠慮なんてしませんから!」
「へへ……リズりんらしーね。ほんと負けず嫌いというか」
「当然です」
「でもさ、すごいなあ。同じタイミングで、同じ人好きになるなんて、あたしらみんな相性バッチリってことじゃんね! そりゃライバルかもしんないけど、やっぱあたし、嬉しいなぁ」
 満面の笑みで、うるかちゃんがわたしたちの手を片方ずつ掴んだ。
 きゅっと。ううん、ぎゅっと音がするように。
 どうしてだろう。
 恥ずかしくもないのに、わたしの顔も、かあっと赤くなっていく音がした。
「――それにしても」
 しばらく重ねていた手をそっと抜き、人差し指を顎に当てて、りっちゃんが小首をかしげる
「成幸さんは、どうしてうるかさんにすぐお返事をしなかったんでしょう?」
「うぺぇっ!?」
「ぶ、ぶっこむねリズりん!?」
「だってうるかさんも気になりますよね? 成幸さんにどう思われてるのか」
「そ、そりゃそーだけどさ……」
 前に乗り出したりっちゃんに、顔の前で人差し指をつつき合わせるうるかちゃん。ああもう、相変わらず乙女だなぁ。
(確かに、そう思うよね)
 わたしも、内心で同意する。結局成幸くんの本心がどこにあるのかは、いまだ分からずじまいだ。
「――前にあたし、成幸に『お前が好きな奴って、俺?』って聞かれたとき、違うって言っちゃったんだよね」
 うるかちゃんは、そう言い、熟れきったお顔のまま笑顔をしまった。
 それをりっちゃんが、つぶさに見ている。
 確かにそんなこともあった。夏期講習のころだよね。
 成幸くんと一緒のお布団で寝ることになっちゃったのも、その頃だったな。
「流れで、告白の練習相手にしちゃったこともあるし」
「ぶふっ!?」
 それは初耳だし、いろんな人にとってなかなかのハードパンチだようるかちゃんっ!
「そんなあたしが、今さら好きだっていっても、ホントかどうか信じられなくなってるのかも」
 自覚なき爆弾発言に胸を押さえていると、りっちゃんの方は、驚くほど平然としたまま次の質問をしていた。
「いつからうるかさんは好きなのですか。成幸さんのことを」
「……そだね、ちゃんと言ったことなかったか。中学のはじめの頃から」
「そんなに前から、ですか」
「うん。毎回さ、困った時にはノート貸して、って便利に借りてたんだけど。ある時、なんで貸してくれるのかって話してるとこ、立ち聞きしちゃって。誰にもそうしてるわけじゃない、あたしがいろんなの犠牲にして水泳に打ち込んでるの知ってるからなって、こばやんに言ってるの、聞いちゃって」
 あぁもうハズイな! と身体をひとしきりくねらせてからうるかちゃんは、
「成幸さ……勉強できなくてメゲそうになってたとき、あたしが頑張ってるの見て、勇気もらってたんだってさ。そうなれたのは、先にあたしがメゲてた時『そこまで本気になれるものがあるって、すげぇ幸せなことだもんな』って言ってくれたからなのに」
「……」
「だから成幸は……ずっとずっと、あたしの事を見てる? もしかしたら、気にかけてくれるかもなーって、モウソウ、しちゃって」
 ここからまだ赤くなれるのかってぐらい全身を染めて、縮こまった。
「そうですか。あの卒業アルバムのページも」
「そ。いっつも見てたの。だからクセついちゃって。バレンタインの日もさ、二人が帰ったあとアレ見ながら、チョコになんてメッセージ書こ、美味しいよって言ってくれたらキゼツしちゃうかもーとか、そんなんばっか考えて」
「うらやましいです。私は西中の間、そんな思いをしたことがなかったですから。そんなドキドキする時間を、過ごしてみたかったです」
 中学校、か。
 ふたりのやり取りに、ちくり、心が痛む。
「――文乃は?」
「へ?」
「いつから好きなのですか、文乃は」
「あ、あぁ。ごめんね……気づいたのは、受験の直前かな。もうこうして、成幸くんとお話しすることもないのかなって思い返したら、ふっ、て。ずっとわたしも、成幸くんに恋をしてたんだなぁって」
 それでも、いまの自分の裸をさらけ出せて、スッキリした気はしていた。
 そこまで聞いたうるかちゃんは腕を伸ばしあげ、空気を混ぜるようにひと回しした。
「あー……成幸もさ、リズりんでも文乃っちでも、他に好きな子がいるんだったら、ズバッと断ってくれてた方がラクなんだけど。結局あたしをどう思ってるんだか、分からずじまいだし」
「――盛り上がってるとこ、ジャマすんぞ」
 ばらばらの、え、がこだました。
 編んだ髪にキャップをかぶり、タイトスカートを翻してこちらにやってきたのは。
「小美浪、先輩?」
 だった。



「最初から狙ってたわけじゃねえが、このまま盗み聞きしてんもなって、思ってな」
 少し頬を上気させつつ、落ち着かない目の色のまま、涼を求めるように先輩は、ソファの空席に体を投げ込んだ。
「いつかは、とは思ってたんだが……ここまで話がこじれてたら、何かのタイミングでバレた時、余計な心配かけそーだからな。アタシも混ぜろ」
 一方的な宣言に、頭が白黒する。
 何が何だか分からない。
 突然の乱入者にわたしたちが、そして当の本人もが、ばらばらに深呼吸を繰り返す。
 そして。
「悪い」
 上半身ごと、先輩は頭を下げた。
「お前らに謝ることがある。アタシ……後輩に、ずっと彼氏のフリしてもらってたんだよ、親父の前限定で」
「「な!」」
「古橋は知ってるよな。いやもう覚えてるわけねーか。最初にうちに来た時、あんときからだよ」
 朧げな記憶をたどる。
「夏期講習の帰り土砂降りにあって、お前ら全員ウチに上げたときあったじゃん」

――いや? けっこーいいと思ってっけど? カワイーじゃんそいつ。

 知り合ったばかりの先輩は、今よりも沈んだ眼差しで、話し出せば挑発的で、少しワルそうな雰囲気のお姉さんといった印象だった。
 あの頃確かに、そんなことがあった。
「な、なななんで成幸とそんなことに!?」
「武元、メイドカフェって知ってるか? あたしのバイト先、ハイステージがそうなんだが」
 一拍置いて、あぁ! と喋り出しそうになったその口を、とっさに塞ぐ。ダメだようるかちゃん、それは一生ナイショだよ!
「そういう店でバイトしてるのが気に食わねぇって親父を騙すために、彼氏の趣味だってとっさにウソついてさ、その後も解消できねーままで。海水浴行ったり、カラオケ行ったり、付き合ってるように見せるために、ちょくちょく出歩いて。ほら、お前と一緒に食いにいったアイス屋とかも、後輩と行ったとこだ」
「マジ、ですか」
「後輩が、告白に返事しねぇことを気にしてんだよなお前ら。なんか気兼ねしてるとしたら、それかもしれねーと思って、な。写真もたくさん撮っちまったし、出歩いてるところ見てる奴らもいるだろうからな」
「……」
「あの真面目君が、そんな状況で真剣に告られたとき、どう説明したらいいか、迷っても不思議じゃねえよなって思う」
 先輩は立ち上がった。
「だから謝っとく。すまん。アタシが頼んだし、それが縁でハイステージでもバイトもしてるが、後輩とは誓って何もない。それでも許せねぇと思うんだったら、全部アタシにぶつけろ。後輩は一切悪くない」
 沈黙。
 下げられた頭をみんなで見つめたまま、時間だけが過ぎていく。



「……優しいな、お前ら」



 置時計が、定時を鳴らす音に合わせて、先輩は笑った。
 古橋いるから、痛い思いする覚悟はしてたんだぞ、と余計な一言をつけて。
「ちょっと!? なんでわたしなんですか!」
「緒方の頬っぺた引っ張ったり、後輩に手刀入れたり正座させたり。大人しそうに見えて、結構すぐ手が出るからなお前」
「待ってください人聞きの悪いっ!」
「ほらほら」
 好き放題言った先輩は、飛びのくようにソファに腰かけ、足を組んだ。
 そんな先輩をうるかちゃんが、心底おかしそうに笑う。
「へへ、先に言ってもらえたのは、ショージキ助かりました。つまり小美浪先輩、自分もミャクあり、って言いたいんですか?」
「な……! 武元お前!?」
「いーんですよ、それならあたしら後輩といっしょに、成幸をスキスキしませんか?」
「か、からかうんじゃねえバカ!!」
 最後の一言に、真っ赤になって百面相を繰り出した先輩は、
「……たっく。めでたく合格できたし、この関係も終わりだ。旅行から帰ったら親父にも話すよ。あんだけいかがわしいとか言ってたくせに出張メイドサービス来た時はノリノリだったからな、だいぶ免疫もできたみてーだし」

 それに、な。

 一瞬言葉を切り、真剣に、中空に浮かべた誰かへ話しかける。
「マチコにヒムラ。あんときも合格した日も、大切な友達だって言ってくれたからな……アタシのこと。だからもうコソコソ隠すのはやめだ。胸張ってダチだって言えなきゃ、申し訳なくて釣り合わねえよ」
 お前らみたいにな、と言いたかったんだろうか。
 ゆっくりと戻った視線が、わたしたちを一周した。
「――アタシの話は終わりだ、じゃ、邪魔したな」
「小美浪先輩!」
 立ち去ろうとするその動きを、わたしは止めた。
「なんだよ」
「小美浪先輩は、成幸くんのこと……本当に、何とも思っていないんですか?」
 どうしてそんなことを聞いてしまったんだろうか、自分でも分からない。
 場に、微妙な空気が流れ出す。
 先輩は。
「……たりめーだ」
 目を閉じて首を振り、改めて居ずまいを正して立ち上がり、


「アイツは――あいつはただの、世話の掛かる……後輩、だよ。」


 そう、言った。
 昔のように、特別に思ってるのはお前じゃねーの、とからかってくることもなく、茶化すこともなく。
 慎重に言葉を、選ぶように。
 それが。
 小美浪先輩の、答えなんだと、思った。
「で、真冬センセ。隠れてないで迷える女子たちに、なんか大人っぽい優雅なコメントくださいよ」
「「「なっ!」」」
 事も無げに呼ばれたその名に、部屋の空気が動き出す。
「あ、悪意。悪意はないのよ……本当に」
 冗談ではなく本当にドアの影から気まずそうな姿が現れるのと、スマホが震えだしたのは同時だった。
「文乃っち、鳴ってる?」
「わ、わたし?」
 振動がやまない。メールじゃない。
 しぶしぶわたしは取り上げ、


「……お父さん?」


 表示されている名前に驚きを隠せないまま、皆の前でそれを耳に当てた。
「はい、え……?」