SSの本棚

書いたSSなどの置き場として使ってます。

あの日聞いた[X]の裏側をぼくたちはまだ知らない(成幸・文乃の小ネタ!)

f:id:algolf:20210326144737j:plain
――だから文乃さ、ときどき「重いよね、ごめんね」って俺に謝るんだけど、いやいや、俺の方がたいがいじゃないかって思うんだよ。
例えばこないだ、大森と小林と3人で久しぶりに飲みに行くって時もさ、

「よし小林も揃ったし、んじゃ行くか!」
「ん? あ、ごめん大森。店で合流するから!」
「あぁ成ちゃん、野辺山通信だね」
「ノベヤマ?」
国立天文台の観測所がある場所だよ」
「……ああ! なんだ、もったいぶらずに彼女の古橋からって言えよ唯我!」
「もう行ったよ」
「うぉい!!」

着信画面を見たとたん、二人には悪いけど、近くのオフィスビルに走りこんで、柱にもたれてスマホに耳を当てて。

「成幸くんきょうはねきょうはね! 初めてあの一番おっきい45メートルの電波望遠鏡を自分で動かしたの! 地面もぐるぐる回るし、あの大きな観測面、真上にも向くんだよ!」
「でっかいパラボナアンテナみたいなのだよね? 大変そうだな」
「それが動かすのは簡単! 葉月ちゃんや和樹くんでもできるよ! もちろんちゃんと観測のためにセットするのは難しいんだけどね。今晩、やっと今晩、自分の研究で使える番なんだよっ。成幸くんいまは?」
「小林と大森と、これから飲みに、さ」
「あ、そうだったよね! じゃ、ゆっくりお話しは……できないよね」
「ううん、今日は直接話せて、よかった。こっちから時間見て掛けられればいいんだけどさ」
「自由時間、不規則だから。電源いれた時に履歴があると申し訳ないから、わたしから、かけさせてほしいの。逆に毎日、変な時間にかけちゃったりして、申し訳ないなって思ってるよ。成幸くんだって、成幸くんの都合があるのに」
「こっちこそごめん、出れないときもあって。せめてメッセージだけでも、自由にやりとりできたらいいんだけどな」
「できないんだよね……前に言った通り、ここでの観測に電波は大敵だから、スマホもパソコンも、無線のものはみんなだめなの。研究棟の休憩室にも電子レンジは置かないぐらいだし」
「え、そこまで?」
「言ってなかったっけ?」
「ああ、本当に徹底してるんだな……」
「うんうん、だからお夜食食べたいときはね、いっつも大変なんだよっ、やっぱり歩ける範囲には畑とか農場ばっかりでコンビニなんてなかったし、いまも夜は本当に真っ暗だし」
「そっちは、もうそんなに真っ暗?」
「うん、もう日は沈んでる。やっぱり車の免許取っとくんだったよ……あ、そうそう車って言えばね、今日面白いの見たんだよ! 車みたいに大きな金属のミルク缶が載った車があってへくちっ!」
「ちょっと文乃、カゼ!?」
「寒かっただけ。高原だから周りはまだ雪ばっかりで、きょうの気温は真冬並みなんだって」

待たせている友達がいるのに、とりとめもなく、何気ないことを話し続けて。

「……ほんとうはさ、テレビ電話で文乃の顔も、みたいんだ」
「いまも敷地の外に出てかけているから……あんまりお洒落な格好じゃ、ないもん。あと、見えるのにすぐに会えないと思ったら、よけい寂しくて我慢できなくなっちゃう」
「大丈夫、離れていても、気持ちはいつもそばにいるよ」
「……ふふ、成幸くん、あの歌みたい」
「歌?」
「すれーちがう、まいにちが、ふえてゆくけれどー、おたがいのきもちはい・つ・も、そばにいるよ……知らない?」
「ううん。でも、文乃が歌う声、可愛い。もっと聞きたい」
「え、は、恥ずかしいよ……」
「敷地の外ってことは、周りに誰もいないんだよね? 聞きたいな」
「…… ふたーりあえなくても、へいきだなんて、つよがりい・う・け・ど、ためいきまじりね」
「あぁ、あの歌か! それなら、ゆっくりだったら、一緒に歌えそう」
「うん、じゃ……成幸くんも、ね」

そのまま、ふたりで電話越しに、

 降り積もるさびしさに 負けてしまいそうで
 ただひとり 不安な日々を過ごしてても
 大丈夫だよって 肩をたたいて
 あなたは笑顔で 元気をくれるね
 たとえ離れていても その言葉があるから 心から幸せと 言える不思議だね
 淡い雪がわたしの ひそかな想い込めて
 純白のアルバムの ページ 染めてくれる

ワンコーラス、外でデュエットしちゃったりして。

「ごめんね、せっかく楽しく始める前にお邪魔するような電話しちゃって。たいしたこと、お話しできてないし」
「そんなこと。文乃の声が聞けて、うれしかった」
「わたしも、だよ――今回は期間が決まってるけど、遠距離恋愛の人たちは、毎日、こんな気持ちなのかな。切ないよね」
「うん。会いたい。でも待ってるよ文乃」
「うん――じゃあちょっと早いし、わたしはこのあと起きてるんだけど……おやすみ、成幸くん」

そのテンションのまま、合流したりしてさ。

「~♪」
「乾杯待たせて鼻歌とは、いいご身分だな唯我!」
「ご、ゴメンゴメンっ、つい! お待たせふたりとも」
「まぁ、彼女がいたら当然だよね、優先順位間違えないの、偉いよ成ちゃん 」
「うるせーぞ、嫌味か小林! 待ってる間に聞いたぞ唯我、彼女、長野の村にカンヅメだから、遠距離恋愛中とか言ってるって!?」
「ま、まぁそうだろ」
「調べたら清里のちょっと上だろ!? 全然往復でいけるだろ、会いに行けよガンガン!」
「それはそうだけど……文乃にとっての研究は、仕事みたいもんだからさ。あんまり邪魔は、したくないんだ」
「真面目な成ちゃんらしいね。ところでさっきの歌、もっかい歌ってもらえない?」
「え、 あなたは笑顔で、元気をくれるねって」
「成ちゃんにしては珍しいチョイスだね」
「ついさっき、文乃が電話でうたってくれたから、ふたりで一緒に、つい」
「CMで使われてる、すれ違う毎日が増えていくけれど、って奴か?」
「そう、それだよ!」
「……唯我? その歌、彼女が歌うのは、縁起良くないぞ」
「どうした大森? 急に真顔になって」
「……大森が知ってるのは意外だったけどね、うん、飲む前でよかったと思うよ」
「唯我、これ、貸しにしとくからな!」
「え、え?」
「―—社会勉強も勉強だよ。教えてあげるから、その後はちょこ~っと頑張りなよ? 成ちゃん」

なのに、二人が何を気にしたか教えられたら、感謝もそこそこに、いてもたってもいられなくなって。
いろいろ手を尽くして、翌朝になったらもう俺、

「古橋さん、お疲れ様でしたっ」
「ありがと~。あー、お外の空気おいしい~。もうお腹ぺっこぺこだよ~」
「いっぱい休んでくださいね。あと、それからちょっと……(さっきから、望遠鏡じゃなくて、ずっとこの研究棟見てる人がいるんです、古橋さん、傍を通る時は気を付けてくださいね)」
「(え、ど、どの人?)」
「(あの人です、あの若い男の人)」
「……な、成幸くんっ!?」

長野の、単線だけが通るその村まで、飛んで行っていたんだ。
研究者姿のままびっくりした文乃の顔を見たら、もうそれだけで俺、なんか泣きそうになっちゃって。

「ほ、本物だよねっ成幸くん!? なしてこげなところに?」
「いや……うん、昨日の歌のことで」
「え?」
「あの曲、『WHITE ALBUM』のこと、文乃は、結構知ってる?」
「成幸くんも知ってると思うけど、歌詞がいまのわたしたち……プチ遠距離恋愛を応援してもらってる気がして、好きで」
「うん、俺もそう思った。あの歌ってカバーされてるけど、もともと、あるドラマの劇中歌だったみたいで」
「うん」
「昨日、あの後教えてもらったんだけど。そのドラマで歌う子……仕事で忙しくて会えない間に、他の子に彼氏を取られちゃう、そういう役回りなんだって」
「!!」
「俺みたいに誰かに教えられたら、文乃、不安になるかなって思って。それに、もし……万が一知っていて歌ってくれたんだとしたら、ものすごく不安な気持ちを、俺に伝えたかったのかもって。それで」
「それで……ここまで?」
「すぐに連絡もできないし、不安なままあの後過ごしてたらどうしようって思ったら……いやごめん、俺の方が、連絡が来るまでひとりで抱えきれなくて。こんなことで、文乃にとっては、職場みたいなここに来ちゃうなんて、正直重いし、迷惑だよな、本当にごめん」

キョドって一方的に喋りまくる俺に、文乃も泣きそうな顔で笑ってくれて、

「……ううん、ぜんぜん。成幸くん以外の誰かに言われて知ったらわたし、きっと不安で不安で、ずっと研究、手につかなかったと思う」
「うん」
「ありがとう、成幸くん。会えて、うれしい」
「文乃」
「だから、ぎゅうってして」
「う、うん」
「いまのお話聞かされて成幸くん見てたら、わたし、もうガマンできない。ぎゅうってして」
「……文乃」
「なあに」
「ぐりぐりしてくれるのは、嬉しいんだけど」
「だめ。 成幸くんの、せいだからね。もう少しこのままでいさせて」
「……たぶんだけど俺たち、すっごく、観測されてるよな」
「!!」

その日から、俺と、文乃の口癖「うぺぇっ!?」は、一躍有名になって……って、頼まれたから話したのに、目の前で降参されても、俺も困るってば。