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真夜中の火祭(ぼくたちは勉強ができない・文乃&理珠SS)

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「文乃、ありがとうございます夜空のお誘い」
「わ、きれいなケープだね!」
「これですか。同級生の愛佳がつけているのが可愛くて、お店を教えてもらったんです。まなか、愛に佳麗の佳と書くんですけど」
「素敵なお名前だね! うん、夜の観測は冷えるからね、あったかくして損はないよ」
「ちゃんと懐中電灯に赤セロファンも張ってきました。眩しい明かりは、星の光をかき消してしまう、そうですよね」
「うん、星の観測に光は大敵だからね。たとえ遠くの街明かりでもこうがい、光の害になるぐらいだから!」
「――もともと、ケープが好きだったわけではなかったそうです愛佳は。でも、彼氏がプレゼントしてくれたことで、好きになったんだとか」
「へぇ」
「その話を聞いて、愛佳にも尋ねました。欲しくなかった、そこまで自分は嬉しくないことをプレゼントされた時は、どう振舞うのですかって」
「ふぅん――りっちゃんが知りたいのは、前に話した、成幸くんの告白の仕方のこと?」
「そうです。文乃」
「りっちゃんは、相変わらず迷いがないね」
「人の心は、まだ分からないことだらけですので」
「そうだね――冷静に考えたら、りっちゃんの言う通り。天と地に同時に星を輝かせることなんてできない。普段の状態のわたしなら、星の光が消えちゃうようなそれを、喜んだかわからない」
「ええ」
「でもあの瞬間、好きだって思いが伝わり合った瞬間は、このまま永遠に時間が止まってくれたらいいのにって思った」
「……」
「だから、わたしは嬉しかったよ、とっても。人生でいちばん」
「そうですか」
「うん」
「――では文乃、私、いまからもの凄く意地悪なことを言います。そのために文乃は、うるかさんから成幸さんを奪うつもりだったのですか」
「……!」
「怒っても構いません。私、文乃に酷いことを言っています。でも、文乃はあの時、成幸さんとうるかさんがうまくいっていると、思っていたんですよね」
「……うん」
「あの時の私、それを知らず、無責任に煽ってしまいました。あくまであれは関係がイーブンなことが前提です。誰かの幸せを壊してよいとまで、言ったつもりはありません」
「……っ」
「例えるなら、今の文乃に、私が戦いを挑むようなものですよ――なのになぜ、戦おうと?」
「……りっちゃんだから、正直に言う」
「文乃」
「そこまで、考えてなかったよ」
「考えて、なかった?」
「わたし、いったんはうるかちゃんから、逃げた。だから戦う。そう、うるかちゃんにも言ったよ」
「ええ、言いましたね」
「でもそれは、たぶん反射的なもの。正直、言葉とか、後先とか、何も考えられなかった」
「言葉の得意な文乃が、ことばを選べずに」
「うん。りっちゃんに言われて、とにかく、ぶわっと自分の気持ちがあふれて。このままじゃわたし破裂しちゃう。この気持ちを伝えないまま成幸くんとお別れしたら、死んでも死にきれないって、そう思って、走った」
「……文乃」
「たぶん、あの時の成幸くんもおんなじだったんじゃないかな」
「成幸さん、も?」
「思いつく限り、準備できる限りで、星のように輝いて綺麗に見えるものはないか。それだけで頭がいっぱいで、その結果、星の光がどうなるか、わたしがどう受け取るかなんて、考えてなかったんだと思う」
「……それではまるで、ひとりよがりではないですか」
「そうだよ、そう。わたしの告白だって、そう。わたしが一方的に気持ちをぶつけただけ。成幸くんがうるかちゃんとうまくいってたら、ものすごく困らせるだけなのに。成幸くんの舞台装置も、そうなんだよ」
「では、なぜ」
「それもわたしと一緒。お父さんに不審がられても、誰から何を言われようとも、あの瞬間、あの光の中でわたしに想いを伝えなかったら、たぶん一生後悔するから。そう、わたしは思ってる」
「――ごめんなさい。理解が、追いつきません」
「言葉にすると、変だし。伝わらないよね。頭で理解するものじゃなく、感じるものだから」
「感じる、それはなんとなくいま、できているような気がします」
「めちゃくちゃで、自分勝手で、カッコ悪い。でもね、それがわたしたちの恋なの。素敵でとっても大切な、思い出……だからね」
「――文乃?」
「だからね、これでよかったんだ。よかったんだよ。それに対する他人の評価なんて、たとえりっちゃんでも、くそくらえ、だよっ」
「っ!!」
「……ごめん、言いすぎた、ね」
「驚きました。文乃が、そこまで言い切るとは。恋とは、すごい力があるのですね」
「りっちゃん……」
「この話題で、文乃と勝負すべきではなかったですね。参りました」
「おや、なにかに勝つ気だったんだ、りっちゃん」
「文乃、そろそろ本題の方をお願いします」
「珍しい。自分から振ったのにごまかすなんて。逃げちゃダメだよ、りっちゃん?」
「……言質、取りましたよ、文乃?」
「おう、どんとこいでござるよ」
「――では」
「うん――」


「悔しいですっ、それなら私も、文乃に遠慮なんかせず言うべきでしたっ。そうしたら間違いなく、私の成幸さんになっていた自信がありますっ」
「成幸くんはずっとわたしのことばっか考えてたもんっ、絶対わたしを選んだからっ」
「スタートは同じ、自覚したタイミングも似たり寄ったり、ですが私の方が文乃よりたくさん一緒にいて、ドキドキさせてた自信がありますっ!」
「べーだ! おっぱいぐらいで取れるものなら取ってみやがれだよっ!」
「胸の大きさはこの話に関係ありませんっ!」
「あるよデート中のプールで何やられたか忘れてないからねっ!! 持たざる者の気持ち、ちょっとぐらい分かりやがれだよっ!!」
「それなら持ってる方の重くて困る悩みも考えてはどうですかっ! 使う隙ぐらい与えてくださいっ!!」
「絶対あげないっ、おとといきやがれ、だよっ!!」


「……あはは」
「ふふ」
「すっきりした、りっちゃん?」
「文乃こそ」
「うん」
「――ゼミで先生が、言っていましたよ。最近は学問に対し『それは何の役に立つんだ』と常につまらないことを聞かれる」
「うん」
「だが唯一、天文学だけはそれをされない。だから、羨ましいと」
「そうなんだ」
「理屈も理由もない、好きだから、そうする」
「そうだよ、結局それが一番、強いんだよ」
「文乃、人のセリフを取らないでください」
「べーだ」
「まだ、怒っています?」
「ぜんぜん。傷ついたり嫌な気持ち、ぜんぜんないんだ。なんか晴れ晴れした気持ち。お胸の事でりっちゃんの頬っぺたつねったことはあっても、こうやって面と向かって口喧嘩したのは初めてかもね」
「私もです。文乃を、成幸さんと一緒に正座させたことはあっても、強い言葉をぶつけたことは、なかった気がします」
「――それは、きっとね。わたしが強くなったと思ったんだよ、りっちゃんが」
「そうですね。文乃も私を、そう言える相手と信じてくれたからですね」

だって。
ですね。

『時には戦いあえる存在をこそ、友達と呼ぶ』んだから。