SSの本棚

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ぼくたちが恋をする理由(ぼくたちは勉強ができない・文乃SS)

週刊少年ジャンプ第38号のアオのハコ第113話を題材にしたお話です。


「ふぅ……また夜更かし、しちゃった」
 呟いて、蛍光灯の下、午前三時を指した時計からわたしは目を外す。
 はじめはレポートをしていたような。それから音楽を聞いて、動画を見て、お洋服を見ていたような。どこか夢うつつのまま、気づけば机の前で、受験時期のような時間になっていた。
 椅子から立ち上がり、脚、背中、腕、固まっている身体をほぐしながら、窓を開ける。
 窓の外、紺を塗り重ねたような、いと深き藍の中で、


「……もう、上がってくる季節になったんだ」

 東の隅に、平家星と源氏星と例えられる、ベテルギウスとリゲルが輝いている。
 どちらも、冬の星座のオリオン座の星。自分を刺したさそりを恐れて、オリオンは蠍座が輝く夏の夜空にはあがって来ない。季節が秋に近づくにつれ、夜の空に少しずつ、少しずつ早く登場し始める。
 首を巡らせれば、わたしが好きな南の1つ星、フォーマルハウトは西に沈みかけている。
 ――わたしは、星が好き。
 だからこうして夜空を眺めるだけで、幸せな気持ちになる。
 でも、大学生になった今は、一緒に語り合える異性がいれば、とも思う。
 直前まで見ていた服も、そうだ。
 店員さんやパソコンが、わたしに似合いそうと示してくれる服にときめくのは、自分の心が好きだと思うだから。
 でも、着ている自分を見つめてくれる相手がいたら、もっと楽しい、はず。

『可愛い「弟」のためじゃ仕方ないなぁ……』
『全力で応援しないとねっ!』

 あの日、言いかけてやめたことば。
 代わりに、大切についた小さなうそ。
 あの時。いや、もう少しだけ早く、心の赴くままに動いていたら、何か違っていただろうか。
 小さく、眠気の詰まったかぶりを振る。できない。後の体重を覚悟しながら山と積まれたお菓子を食べきる事はできても、そんな振る舞い、きっとわたしには、できない。
 できない、って諦めるのは、あの日教えてくれてた君に失礼だろうけど。
 でもね、おとなになっても難しいことは、思ってたよりたくさんあるんだよ。
 足元の道路をバイクの音がよぎっていき、それきり音は世界から消えてしまう。
 静けさに耐えかねて、小さな声でわたしは口ずさむ。
 自分のために。
 そして何時間か前に読んだ、漫画の登場人物のために。
 僕たちが恋をする理由を。

『恋愛に支配される人間関係は少し寂しく思う』

 年下の子から、訳知り顔で悟ったようなことを教えられても。
 オリオン星をみつけたら、こんなにも胸が苦しく、優しくなるわけは。
 いまでも恋に、支配されているから。
 頭の中で浮かぶ姿は、どこかの街で、他の子と笑い合う横顔だったとしても。
 距離を取り、背中を見つめるしかなくなってしまったとしても。
 恋をした。それだけで。
 見上げたわたしの空はいつでも、広く、深くなっていく。