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午睡の傍らで[x]らは語らう(ぼくたちは勉強ができない・文乃誕生日SS)

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「ん、紗和子。あそこにいるのはもしや」
「いるのは? どこよ理珠」
「すぐそこです。近づいたら分かります――あぁ、やっぱり成幸さんと文乃ですね」
「ほんとだ」
「朝、これからお出かけとは言っていましたが、まさか目的地がこことは思いませんでした」
「――寝てるわね、ふたりとも」
「爆睡ですね」
「天気がいいとはいえもう10月も終わりよ。風邪引かないといいけど」
「起こしましょうか」
「でも本当に気持ちよさそうに寝てるし、ためらうわね。あ、よだれ垂れてる」
「変わりませんね文乃は。いえ、ちょっと顔がふっくらした気がします」
「言うわね理珠」
「成幸さんもです。ふたりとも幸せそうで何よりです」
「幸せなんとか、かしら。しかし相変わらずの体力ね唯我成幸は。おおかた、急な激しい運動の反動でダウンかしら」
「紗和子こそずいぶん辛辣です。でも、なぜ」
「そこのシャトル。バドミントンはなんだかんだで結構動くのよ。あと唯我成幸のズボンの膝、土で湿った跡がある。だいぶムキになったんじゃない? そこでいくと、古橋文乃は綺麗なまま。細い体で大したもんね」
「文乃には、動きの邪魔になる重りがありませんから」
「ちょっと、急にうなされ出したわよ古橋文乃。青筋立ってる。モロに聞こえたんじゃない?」
「一度寝た文乃は容易には起きません。その心配は無用です」
「ひどい言われよう――しかし不思議な陣地ね。捜査現場に敷くみたいな青シートに、さらにかわいらしいの乗っけて」
「おそらく、成幸さんがご家庭で使うブルーシートを準備し、文乃が可愛いのを準備してたので、広くは取ったけどお弁当はかわいいところで食べようとなったのではないかと」
「そのお昼はどっちが準備したのかしら……って、なんかこれ、すごい量じゃない?」
「ええ、お互い張り切って作りすぎてしまったみたいですね」
「お互い? 出かけるのに事前に決めなかったのかしら?」
「ふむ。紗和子、これは私の推測ですが」
「何かしら」
「まずはこのお出かけですが、文乃が誘った気がします。今日は豪華になんかしなくていいよ、それより成幸くんと一日じゅう一緒にいたいなっ、のように言い出して」
「ふんふん」
「それなら今年は土曜だし、朝から大きな公園とかに行こうか、となり。そこで成幸さんは、お昼は心配するなよとでも言って、一生懸命お弁当を作ったのでしょう」
「まぁ、そうするでしょうね唯我成幸なら」
「一方文乃も、女子としてピクニックに行くのに手ぶらなんて絶対ノウ! ありえないんだよっと、ついつい手を動かしてしまって」
「あー、古橋文乃、性格的にやりそうね……」
「そうしてお互い、気づけば食べさせたい品が山盛りになってしまい、当日ふたりして驚いたのでは」
「見てきたように言うわね理珠。でも納得だわ。もうすっかり人の心に詳しくなったじゃない」
「相手が成幸さんと文乃ですから――おや?」
「ん、何か変なのでもあった?」
「このスチロール製の小さいお椀、何に使ったのでしょう。汁物の用意はなさそうですし」
「う~ん……なるほど、これはアレね!」
「分かるのですか、紗和子」
「海苔がついてる。きっとおにぎりケースよ」
「こんな特大サイズのおにぎり、ですか?」
「これは私の予想だけど。これ作ったのは古橋文乃だと思うわ」
「ふむ。紗和子の推理、聞かせてください」
「お弁当の定番の唐揚げを揚げたけど、火が強すぎてかなりこんがり。食べられるけど見栄えは悪い……だから大きく握ったおにぎりに隠してみた。唯我成幸はお椀の使い捨ては考えなさそうだし、隠しもしなそう。こんなところでどうかしら?」
「なるほど。あ、証拠物件が一個残ってました。ビンゴです。食べかけて止めたようです」
「まぁ、この量食べたら苦しくなったでしょうよ。古橋文乃はともかく、唯我成幸も食べキャラだっけ?」
「いえ、食は普通だったかと」
「じゃあ、運動もしたし、2人で頑張って完食を目指したけど、苦しくなってこれだけはお残し。お弁当作りした疲れも手伝って、食休みしてる間に眠りに落ちてしまった……そんなとこかしらね」
「そして、それを見てた文乃もいつしかぐっすり、と」
「ん? 理珠、どうして唯我成幸が先に寝たって思うのよ。性格的に古橋文乃を見守ってそうじゃない?」
「もしも文乃が先に眠ってしまったら、風邪を心配して、成幸さんは上着を掛けているはずです。そのまま二人で寝ているということは、成幸さんの寝顔を見ているうちに文乃も眠くなって、でしょう」
「信頼してるのね――しかし全然起きる様子がないわねこの2人。手までしっかり繋いじゃって、って何スマホで狙ってるのよ理珠!?」
「何って、寝顔の撮影ですが」
「盗撮っていうんじゃないそれ?」
「送ってちょっと驚かすだけです。それ以上に使ったりはしません――ふむ」
「どうしたの」
「せっかくだから落書き、しませんか?」
「やめなさいって!」
「ではこの辺にあるものでポーズを」
「赤ちゃんの寝相アートじゃないんだからっ!」
「まあ、寝顔だけでも十分動揺するでしょうし、よいでしょうか」
「よだれ流した寝顔送られて、平静でいられる大学生はいないと思うわよ……」
「では送信、と」
「……ま、好きだった相手だもの、意地悪のひとつぐらいしたくなるのも、しょうがないわよね」
「何か言いました紗和子?」
「なんにも」
「では私達も本来の予定に戻りましょうか」
「ええ理珠。気づかれる前に、邪魔者は退散ね」
「おっといけません、写真だけ送って、肝心のメッセージを忘れるところでした」


――改めて、今日は誕生日おめでとうございます、文乃。