SSの本棚

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コウサク(ニセコイ・小咲×五等分の花嫁・三玖SS)

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「……よし」
目の前に聳え立つ、天高く組上がったウェディングケーキの本番品に微笑む私に。
「できた、小咲」
短い言葉とともに、チョコレートで出来たアクセサリーを皿に置く親友。
「三玖ちゃん、ありがとう」
かぶったパティシエ帽が落ちないよう、軽くだけ頭を下げた私に、手袋をはめたまま微笑み返してくれる。
それ以上は喋らないが、出来に満足していることは分かる。
千棘ちゃんの式で出すウェディングケーキ作りに、二人に縁もゆかりもないのに手を貸している彼女――中野三玖ちゃんとの出会いは、調理師の専門学校だった。


和菓子同様、見た目は綺麗だけれど味に悪評のある私と、パン以外、初めて作るものはからきしダメな彼女。
なんでも軽々仕上げていく同級生を後目にいつも残され、センスがないと好き放題言われた私たちが、セットで扱われたのは。
だから、話す機会も多くなったのは当然だったかもしれない。
だけれど。
学年の終わりにトップの評価を受けていたのは、その三玖ちゃんだった。
歩みは遅くとも、うまくいかなくても、自分で選んだこの道は極めると決めたから。そう言って鬼気迫るぐらい、真剣に取り組む顔を見ながら、私は彼女に、いつか聞こうと思っていた。
三玖ちゃん、あなたは誰に向かって、この進路を誓ったのって。


「小咲が、一番お菓子を食べさせたい人って、誰?」


まぁ、いつものようにぐずぐずしてるうちに、逆に聞かれて面食らってしまったんだけど。
「好きだった人、だよ」
あの頃と変わったのは。自信をもって、そう言い切ったこと。
三玖ちゃんだけだからね、と私は顔を赤らめて話した。
初めて他人に話したからどう説明したらよいか分からなくて、行きつけの喫茶店閉店時間を初めて知るぐらい、長々と話した。
三玖ちゃんの部屋に場所を移し、話して、話して、話し切った。
極道の家の二代目と、ギャングの一人娘が、街を守るためにしたニセコイが、いつか幼いころの約束を覆すほどの、本物に育った話を。
「そんなこと、本当にあるんだ」
目を丸くして、輝かせて。鼻をふんふん言わせて、普段の彼女からは想像できないぐらい、三玖ちゃんは興奮していた。
でも小さな高原での話の結末を聞くと、三玖ちゃんはいつもの無表情、いや、もどかしそうな顔つきで、言った。
「小咲は、何故それを、笑顔で話せるの」
「思いは、伝えられたから」
「――ううん。それは多分、認めたくないか、深く気づいていないだけ」
それから三玖ちゃんは語った。語りに語った。
五つ子という形で世界に生まれ落ちたこと。
姉妹が世界のすべてだったこと。
いつしか、私以上に引っ込み思案で内にこもりがちになっていた彼女が、高校で家庭教師をしてくれた同級生に、初めて恋をしたこと。
でも、五つ子みんなで、同じ人を好きになってしまったこと。
実の姉から成りすましまで受けて、仁義なき恋の戦いをしたこと。
結局、自分も姉もどちらも選ばれなかったこと。
やり場のない怒りを、彼に選ばれた妹と夜通しカラオケしてぶつけたこと。
それから、それから。
普段口数の少ない三玖ちゃんが堰を切ったように、話して、話して、目を剝いて夜通し話して。
最後は疲労困憊でふたり倒れ込んで熱を出し、学校に補習をお願いしますと頭を下げに行ったぐらいに、熱がこもっていた。


この恋は私を成長させてくれた。
私は四葉にはなれなかったけど、四葉だって私になれないって、知れたんだ。
同時に、負けたくない、絶対譲りたくないって気持ちが生まれたことも、嬉しいと思っている。
この学校を出たとき、二乃よりも美味しいケーキを作ってみせたいっていうのも、そのひとつ。
負けたままは悔しい。絶対このままの自分じゃいてやらない。あの怒りと悔しさは、小さくなってはいるけど、決して忘れてないよ。
その気持ちを教えてもらった時、なんでも笑って受け入れていた私という最中の皮が、ぱり、と破れた音がした。
私たちは、より仲良くなった。
私の調理の腕も、一段飛ばしぐらいで上がっていったと思う。
学校を卒業して年月がたち。
『稼業』のせいで、日本ではどこも引き受けてくれないと両家が困っているのを聞きつけた私は、 自らウェディングケーキの制作を買って出た。
そして、すぐに浮かんだのは彼女の顔。
直接頼みに行った私の顔を見るなり、三玖ちゃんはニヤリと笑い。
面白そう、引き受ける、と言い放ったんだ。


「我ながらカチカチ玉、いい出来だと思う」
「タバスコ玉は、ここにしようかな」
「間違えて他の人に渡さないようにね」
「大丈夫」
私たちの目の前に聳え立つ、天高く組上がったウェディングケーキ。
そこに隠すアクセサリーたちに、そんな名前をつけてみた。
花嫁さんはドレスと緊張で食が進まないと言うけれど、こと千棘ちゃんの場合、そんなことありえないだろう。
オードブルからメイン、デザートまで平らげて。
そして、私からのプレゼントが、口の中で弾けるだろう。
「手伝って、よかった?」
頷きすらせず、私は笑って肯定する。
ほかの誰でもダメだよ、たとえ春であっても。
あの二人を知っている人には、ばらされたくも、気取られたくも、邪魔されたくもないから。
そこまで聞くと、三玖ちゃんはふっと息を吐き、唐突に、

「Revenge is a dish best served cold.」
「え?」

親友の声で聴く突然の英語に頭が切り替わらず、私は聞き返す。
「『復讐は冷まして食べる料理』。フータローがね、何かの時に言ってた」
「おっかない」
「小咲こそ。こんな善人面して、悪だくみ」
私に人差し指をぴっと突き付け、三玖ちゃんが口元を歪ませる。
それに怯まず、私は笑い返す。
「愛を燃え上がらせるには、少しのワルモノも必要だと思うの。みんながやってた悪だくみって楽しいなって、この歳になって分かった」
じゃあ、小咲をそんな悪の道に誘ったのは、私かな?
三玖ちゃんが上目遣いの視線で問いかける。
「あの頃の私のままじゃ、言い出せなかった。もしもね、機会が巡ってきたとしても、涙の味を忍ばせることになったと思うんだ、きっと」
勇気。
好きでい続けたのも勇気。
「そんなので、ふたりに罪悪感感じさせるより、びっくりした顔を指さして笑って、大ゲンカする方が、楽しいかなって」
彼の想いに気づき、ダメだとわかって告白するのも、結果を受け入れるのも勇気。
好きだった人の、結婚のシンボルを作るのも勇気。
「復讐ってほど、大それたことする気はないよ。万里花ちゃんのときみたいに、式を壊すことなんて思いつかない」
「あ……小咲は一度経験アリ、だったね。忘れてたけど」
「うん。逆にお祝いしたい気持ち、おいしくなった私の料理を、食べてほしい気持ちでいっぱいなんだ。でもちょっと、振られたことと取られたことに、悔しさはあるんだよって教えたい。それが『私なりのやり方』のお祝い」
そして、今の今のこのタイミングで、柄でもないイタズラを仕掛けるのは。
そうしたい、という自分の気持ちを認めるのは。
勇気ではなく、覚悟だ。
「三玖ちゃんがやるときも手伝うからね」
「大丈夫、私は親族席だし。小咲と違ってもう十分」
「そっか……だいぶこじらせちゃったんだね、私」
「うん」
「えへへ……」
「正直、ヤクザ、ギャング、チャイニーズマフィアが集う場でやろうなんて、頭おかしいと思う」
「えへへ、笑って看取ってくれると、嬉しいかな」
「花嫁さんとどうなっても、私は知らないよ」
「うん。でもきっと楽しい報告ができると思うよ。待っててね」


あれから時間をかけて磨いた腕によりをかけて作りました。
親愛と祝福たっぷりに、少しのリベンジを詰め込んだ、私からの特製ウェディングケーキ。
千棘ちゃん、一条君……いえ、らくくん。
さぁ何も考えず、まずは口いっぱい頬張って。
ようやく形になった私の気持ち、思う存分、召し上がれ!