かぜひきさん(ToHeart・神岸あかりSS)
※今日2月20日はToHeartのメインヒロイン・神岸あかりの誕生日。
急に懐かしくなって遥か昔の話を引っ張り出してきました。
初出は……聞かないでお願い(;゚∇゚)
〈HR〉
「おいそろそろ行かないとまずいだろ」
「だって……」
「お前に迷惑はかけたくない」
オレの部屋にあかりが来ている。
あらぬ想像をするんじゃないぞ。今のオレは病気で明日も知れない……
「カゼだって、こじらせるとひどいんだよ」
「もう十分こじれてる」
……。
早い話、おとついからのカゼが悪化し、今オレはベッドからも出られない。
そしてけさ、約束の時間になっても来ないからあかりが上がり込んできた、というわけだ。
「オレとお前二人休んだらなんて噂を立てられるか…」
「いいよべつに、いまさら」
「…おいっ、ちょっと今の発言待てっ」
「えへっ」
この春、オレとあかりは正式に世で言う『恋人』になった。
お互い舞い上がっていたのは1週間くらい。じきにいつものやり取りに戻っていった。
オレもあかりもそれが悪いことだなんてこれっぽっちも思ってない、むしろ、二人らしくていいと思ってる。
ただ、あかりのほうは時々今のようなきわどいセリフを口にし、オレが慌てるのを見て喜んでいる。
「でも朝ごはん食べて、ちゃんと休まないと。ごはん、食べてないんでしょ?」
当然、こんな状態で朝メシなど準備できるわけがない。
「こんなもん薬飲んできゃ治るって」
今の体調で1階に薬を取りにいったら、行き倒れになりそうな気がするけどな。
「ダメだよ、下手に解熱剤を使うと長引いたり、脳にダメージがいったりするんだって」
「それは初耳だぜ」
「わたし、今から作ってくる」
「そんなことやってたら絶対遅刻するって。それに、食欲がぜんぜんない」
自分でも驚きだが、今のオレは熱が上がりすぎて、夏バテのような状態になっている。
普段ならスナック菓子片手に連ドラからワイドショーのコンボを決められるはずなのだけれど。
「えっ!うそ……浩之ちゃんが食欲がないなんて…」
あかりが絶句する。
「……オレを食欲の塊だと勘違いしてないか?」
「やっぱりわたし休む。ほおって置けないよ」
「ぜっったいダメだ」
「だって」
「お前のこと嫌いになるぞ」
オレは絶対無敵のセリフを吐いた。
「………」
これを持ち出すと、まずいうことを聞く。
「…う~ん、ならフレンチトースト作ってってあげる、台所借りるね」
返事も聞かず、あかりは台所に駆け出していった。
こりゃ遅刻確定だな。まぁ、学校に行くっていうんだったらいいだろう。
たっく、お節介焼きなやつだな。
あかりが出ていったのを窓から確認し、汗で湿ったベッドへ倒れ込む。
起きあがってたせいでマットの上半身部分が冷えていて、とたんに鳥肌が立った。
あぁ気色悪ぃ。まず着替えるか。下着はたしか…。
うっ!
身体を回し、足を床につけたとたん、意識が朦朧とする。
視界が歪み、くらっとする。
立てない。
挟んだまま忘れていた体温計を取り出すと、40、4度。昨日から5分も上がった。
これがインフルエンザというやつか。予防接種なんて無縁だったのが祟ったな。
オレは着替えを諦め寝続けることにした。慣れだ、慣れ。
………。
昨日の夜から使っていた氷枕が完全に溶けていて、ぶよんぶよんと頭の動きにあわせてへこむ。
くそ、気持ち悪くて寝られやしないぜ。なんとか、出来るところで環境をよくしないとな。
とりあえず仰向けから半身になり、氷枕を床に捨てる。
そのついでにあかりが作ってくれた料理に手を伸ばす。
指が震える。
机の上にある皿を取るのさえ一苦労だぜ。
黄色く色づいたフレンチトーストが視界に入るまでに、オレはくたくたになってしまった。情けねぇ。
皿を口まで持っていき、なんとか一口かじる。
力が全く入らない口でもふわっと切れ、適度な甘みが口に広がる。相変わらずあかりの料理はうまい。
でも、一口食べて挫折する。頭を上げたことで、頭痛がしてきた。
多少ほおり投げるように皿を元の位置に返す。
がらん、と音がした。が、トーストは皿の上にあるようだ。
なるほど、枕も上がらないってのはこう言う状態か、勉強になったぜ。
…。
…。
……。
……。
…ヒマだ。
ヒマ過ぎる。
かと言ってマンガを読んで楽しんだりするほどの体力もない。なんたって昨日から苦しくて一睡もしてないのだ。
だが、寝られない。
それでも咳や腹痛が伴わないのは救いだ。
…。
……でもヒマだ。
そうこうしてるうちに、外で正午のサイレンが鳴った。
…ヒマ過ぎて死んだら、死因はなんてなるんだろうな。『慢性退屈症』なんたらかんたら…
おっと、病気だから、ついつい弱気になっちまったぜ。病は気から、住まいは木からっていうもんな。
…………自分で自分の身体に大きくダメージを与えた気がする。
あぁヒマだヒマだヒマだ。
誰か見舞いにでもきてくれねぇかな、ったってまだ学校だよな。
あぁ最悪すぎる。
病気になるって、こんなに嫌な事だったかよ。
「浩之ちゃぁ~~~んっ」
「あ、あかりか?」
どたどたと階段を駆けあがる音がして、あかりが姿を現した。
「はぁっ、はぁ、はぁ…、心臓が破れるかと思ったよ」
「落ちつけ。……学校はどうしたんだ?」
「えっとね。その、急に先生がバタバタと風邪で休んじゃって、午前授業になって…」
「志保レベルの嘘だな」
「うぅ…」
要は早退したらしい。
「浩之ちゃんが、だって、心配だったから。熱、下がった?」
「いいや。上がった」
あかりの表情がにわかに険しくなる。
さらにほぼ丸々残ったトーストを見て、残念そうな色も見せる。
「フレンチトースト、おいしくなかった?」
「いや、うまかった。でも、一枚食べきれそうになかった」
オレは正直に答えた。
「……口移し、してあげる」
そういうとあかりはトーストの端を少しかじって、口に含んだ。
「バカ、お前まで風邪引いたらどうするんだ」
慌ててオレは後ずさる。
「前例があるから平気だよ」
「前例ったって、あれはな…」
前例ってのは、オレとあかりが急接近した理由の一つで……カゼひいて休んだあかりに、キスしたときの事だ。
「あの風邪と今の風邪じゃ階級が6つは違う、オレが困る、やめろ」
「それに、移せば治るっていうし」
「お前以外の奴にだったらともかく、だめだ」
しょうがないなぁと、ほとんど液体になったフレンチトーストをあかりは飲み込んだ。
「なにか、することない?」
「いいよ、べつに。それよりも代えのシャツ取ってくれ」
自分じゃ取りに行けないから、こんなことでも頼まないとな。
「でも…そのまま着たら気持ち悪いよ」
「んな事知るか、とにかく今来てるの脱ぎたい」
「汗、ふいたげよっか」
「…全身だぞ、いいのか?」
「うん」
シャツにトランクスまで引っ張り出しつつあかりが言う。
おい待てあかり。
オレの言った意味ちゃんと分かってるのか? ボケを素で返しただけか?
「…おい」
「ん?」
「なに下着まで取り出してんだよ?」
「どうして?」
「お前の目の前で下着代えられるかっ!」
「…べ、別に見ないから…」
「そういう問題かっ」
やっぱり気付いてなかったんじゃねえか。焦らせるなよ。
全く、ニブすぎだぞあかり。
「もういい。今から寝る、おやすみ」
オレは窓を向く、つまりあかりに背を向けた。
…寝られる見込みなんかねぇけどな。
すると、
ふさっ。
「?!」
「おじゃましま~す」
何を思ったかあかりが制服のままベッドへ入り込んできた。
「お、おいこらっ、入って来るなっ!」
「えへへ~」
追い出してやりたいところだが、そんな力すらオレには残っていなかった。
「本当にうつるだろ、離れろ」
「じゃ、むこう向いてるね」
布どうしがこすれる音がしてあかりの背中がぴったりくっついた。
心臓の鼓動がもろに来る。
断っておくが、シーツを代えることすら出来なかったからベッドの中はムレてぐしょぐしょだ。着てる服も同様。
いて気持ちのいい場所じゃない。
それにしても…幾ら恋人どうしだからって、いきなり「がばっ」とか言うパターンを考えないのだろうか?
「…いいよ」
「…何を期待してるか知らないが、無駄だぞ」
冗談ではなく本当だ。
ヤル気が起きてないのではなく、あかりの体温にも身体の方がぜんぜん反応しない。
『衣食足りて…』って奴だな。まず命が大事って認識してるんだろう、人間ってほんっとよく出来てるよな。
「そっか、残念だな」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「浩之ちゃんが休んで、みんな珍しがってたよ」
「そっか?」
「うん、雅史ちゃんも『浩之も人並みに風邪引くんだね』って言ってたよ」
「…」
「そしたら志保が『バカが風邪引くなんて、神さまも調子悪いのかしらね―』って」
あいつら……覚えてろよ。
「それから、体育で、球技の選択があったんだって」
しまった、それは大きいな。
うちの学校は2年から、体育でやる種目の選択ができる。
一度選択すると次のテスト後まで変えられないから、やりたい種目を取るためみんな大マジだ。
超人気のバスケからは確実にもれただろう。あぁ、無理してでも行きゃよかったぜ。
「あと、…数学で、課題が出て……」
ふと、あかりの声が小さく、途切れ途切れになっていた。
「眠いのか?」
「ううん、平気。…当たったひと、次のじかん、まえにでて書けって…」
「まさか、俺当たってないだろうな?」
「ひろゆきちゃんはあたってないから、だいじょうぶだよ」
「そっか」
危うく登校拒否になるところだったぜ。
「あとで、ノートみせてあげるから」
「おぅ、頼むぜ」
「………」
「………」
「………」
「………」
「……」
「……」
「……」
「……」
「…」
「…」
「…」
「…あかり?」
「…」
「……」
「……すー」
「……」
いつのまにかあかりは、オレより先にすーすー寝息を立てていた。
たっく、しょうがねぇなぁ。
オレは眠ったあかりに、キスをしようとして…
やめた。
こんな悪性のカゼ移しちまったら悪いからな。我慢してくれ。
『感謝の気持ち』は、治ってからな。
「お~~~~~~~~~いっ、ヒ~~~~~~~~~~ロ~~~~~~~~~」
直後、玄関先で日常よく聞く騒音が響いた。
「いるんでしょ~~~~へんじのひとつくらいしなさいよ~~~~~~~」
あのバカが…。近所迷惑を考えろってんだ。あかりと違って悪意丸出しだから腹立つぜ。
だがちょうどよかった。
オレは爆睡しているあかりを抱っこして、まだふらつく足で階段を下った。
やはり、階段を降りるのは今のオレにとって苦行だった。
ズダンッ!
ダンッ!
最後の段で足を踏み外し、景気よく滑ってこける。だが腕の中のあかりはなんとか守りきった。
「あっはははは、相変わらずドジねー」
例の如く家人の許可なしに玄関に上がり込んでいるバカ野郎が大声で笑う。
「うっせえな、風邪で反応が鈍ってんだ」
身体が弱っているから、ダメージも倍増だ。立ってるのもきつい。
「はいはい、そういう事にしてあげるわよ、まったくこの志保ちゃんにご足労させてるんだから少しは感謝の一言が欲しいわね」
こいつに要求するのがそもそも無理なんだが、病人に気遣いすら見せない。こっちが『ご足労』してることをわかってもらいたいもんだ。
「んじゃ感謝の印にあかりやる。家まで持っててくれ」
オレは腕の中のあかりを志保の肩に掛けた。
「あ、やっぱりここにいたの? たっくしょうがないわね、どっちが見舞いだかわかりゃしないわ」
やっぱりだぁ?
「……お前、なんか吹き込んだだろ」
「あぁ、カゼだっていうから『カゼは人肌であっためるのが1番よ』なんて冗談で言ったらいきなり早退しちゃってね…」
このバカは……狙ってやがったな。
「言っておくが、オレは何もしてないぞ」
だがあかりのブラウスは寝汗で透けて、ブラが見えている。この状態でどこまで納得させられるかは疑問が残る。
「そうみたいね」
だが軽く制服のブラウスのボタンを見てだけで、志保は頷いた。
助かった。
今こいつとやりあったら、負けるどころか体力を使いきって衰弱死するぜ。
「それにしても元気そうじゃない、サボってないで、明日は真面目に学校に来るのよ」
「おめ―に言われたくねーよ。じゃ、頼んだぞ、その辺に捨てて帰るなよ」
「貸しにしておくわよ、ヤックおごりだかんねー」
最後まで悪態をついて、志保はようやく帰った。
志保、ちょっとあかりを読みきれてねぇな。あかりはそんなことのために来たんじゃないぜ。
オレが単なる甲斐性無しだって?
違うよ、それにな。
しわがよるのも気にせず入ってきた制服の背中ごしだって、伝わる想いはあるんだぜ。
……な、あかり。