non title~中島美嘉 “will” からの構成~(マリア様がみてる・蓉子SS)
あの頃って、僕達は、夜の空を信じてた。
《non title ~中島美嘉 “will” からの構成~》
あの頃って私は、夜の空を信じてた。
橙色の上から重ねられる藍色が濃くなり、乳白色の月が昇る。
外を動くものがいなくなって静かになっていく世界は、まさに魔法がかかっていそうな、そんな何かに満ちていた。
子供の頃は、おばけがでる魔法が。
少し大きくなった頃は何か夢のような事が起こる魔法が。
日付が変わるまで起きているようになってからは、何もかも特別で感傷的に見せる魔法が。
6限が終わった講義棟の外で、私は未だ帰らずにいた。
空から降り続く雨は、鞄の中の折り畳み傘で避けられるのに、出入口の壁に寄りかかったまま、ただどこかを見ていた。
iPodのイヤホンを外し、腫れたような感覚の耳を揉むと、電話の声が甦ってくるような気がした。
*
『――で、来年の3月12日は空けておくと吉』
「来年の3月12日? ずいぶんとまた先の話ね」
『いやぁ早いのよ、結婚式の予約って』
久しぶりの江利子の電話の内容は、唐突だった。
電話を持ったまましばし、唖然となった。
『やだ、蓉子ともあろうものが唖然としちゃって。意外だわ』
「自分に関係ないことだもん知らないわよ結婚式事情なんて」
『蓉子、縁なさそうなの?』
「イヤミ? そんな仲になる人がいたらとっくに白状してるわ」
『回りに誰か一人くらいいないの? 友達とか』
「――いないわよ、あいにく」
『なんか珍しい……』
純粋に興味深そうに江利子は言った。
「意外って、まだ私たち学生よ? 」
『でももう四年でしょ。周りは結構多いけど? 卒業を気に決断する人。くっつくだけじゃなくて別れるほうもね』
「……江利子、」
『目を閉じて見る夢よりも、目を開いてる時の幸せがいいなと思ったの』
「後悔しない?」
『後悔? 確かに私、部活も進学も適当に決めてるように蓉子には見えたかもしれないけど、ちゃんと責任は取ってるわよ」
「――ごめん、変なこと言ったわ。許して」
『まぁ相談の一つもしなかったのは謝るわ。けど、決めるのは全部自分の意思だから。今度は桁違いに重かったから、大変だった』
「私がまだ子供だってことかな……」
『なんか変な感じ、蓉子に説教垂れるなんて。でも、私たち今いくつよ?』
「おかげさまで、ひと月前に22」
『でしょ? 高校のあの時はまだ笑い話だったけどさ、蓉子も、そろそろ本気になって考えてもいいんじゃない?』
*
四年生。
間違いなくあと一年たたずに私はこの大学を卒業する。
内定もとったし、司法試験もする気はない。もちろん単位を残すようなヘマもない。
22歳の自分。
私、一人だ。
ポケットから、緑色に透き通る固まりを取り出し、何十度となく繰り返した動作でいじる。
「幸せはともかく」
ぽ。
「しわ寄せなら私のところにいっぱい集まってくるわよ……」
口元を隠すように、火をつける。
大学へ来て覚えたのなんて、これだけか。
指に挟んだ細い煙草に向けて、私は呟いた。
お酒は一人じゃ淋しくて飲めないから、代わりにこうして煙草をつけるのだ。
と言っても、ただ持ってるだけ。
わざわざ害のある副流煙を目一杯吸って、服に煙の臭いをつけるために、私は高い小箱を買い続けているのだ。
飲み会で冗談半分に渡されて口元まで運んだ時、友達から『仕草がかっこいいって』言われたから。
だから、いまだにやめられないでいる。
今日こそは、と口まで運んで吸い口にピンクの色をつけながらも、いつも私の息はそこで止まる。
ためらいが、その続きをさせてくれない。
この煙を吸ってしまったら。
あの、マリア様の庭の空気をもう吸えなくなる気がして。
我ながらばかだな、って思う。
自分じゃその姿を見られないって言うのに、他人映りを気にしてるなんて。
ずっと誰かに頼られてきた生活が遠い昔のことに感じる。
今だってゼミも、卒論も頼られるけど、でも。
――ここには、妹はいない。好きだった人はいない。親友もいない。
私は小笠原祥子の姉であるけれど、祥子の隣にいたわけじゃない。
手を引いたけれど、腕を組む間柄じゃなかった。
私のお姉さまも「お婆さま」も、妹やその「孫」に深い情をかける人じゃなかった。
もっとあっさりしていた。
私のお姉さまは、私が祥子と諍いを起こしたからと言ってリリアンまで飛び込んできたりはしないだろう。
ましてや、妹と想いを遂げられるかなんて、思い悩んだりはしない。
私は、どこまでも淋しかったんだろう。
淋しい。淋しくてたまらない。
恋が、したい。
ふと、自分に恋人ができたら、と想像してみることがある。
心も身体も結ばれたいなんて大それて思うわけじゃなく、なんてことない日常を共有したいと願う自分がいる。
楽しくおしゃべりしたり、一緒に買い物へ行ったり、TVを見たり。
普段自分が送っている日常に、互いに想い合える人がいたとしたら、と想像してしまうのだ。
江利子のように。
聖のように。
――祥子の、ように。
恋がしたい、寂しくて仕方ない。
こんな自分の情けなさに泣きたくなってくるけど、泣くことも出来ない。
感情を表に出すのが苦手で、上手くコントロールすることも出来ない。
今日も、喜怒哀楽のどの感情とも云えぬ感情を抱きながら、
同じ生活を作業としてこなしている自分がいる。
私、これからどうなるのかな。
――多分、ずっと、こうなんだろうな……。
その日は、森が燃えているように見えたのを覚えてる。
暗青色の空と白い空気。時折ねずみ色に光る雨。
山向こうのグラウンドにある夜間照明は今日も灯されていて。
オレンジ色の光が、霧雨の夜で煙る空気に拡散して、火事のような光景を作り出していた。
構内をまばらな帰宅者たちが、次々と闇に塗りつぶされた色の傘を開いていく。
それは、珍しくない、この大学の夜の風景だった。
けれども、その夜だけは。
誰かが仕掛けたように、燃えているように、見えた……。
※過去の自作の再掲