SSの本棚

書いたSSなどの置き場として使ってます。

Yestaday,Once more(マリア様がみてる・聖(×祐巳)SS)

※過去の自作の再掲


 ……ずっと変わらないよと抱きしめては

 何もかも手に入れたと思っていたよ。



《Yestaday,Once more》



「えいやっ」
 ベッドを持ち上げると、フローリングの床の上に、リボンが挟まっていた。
 深い緑の、リリアンカラーというべき色の、少し癖のついたリボン。
 祐巳ちゃんが落としていったモノに違いない。
 そこまで掃除を不精していたわけじゃないけれど、残っているなんて不思議な感じだ。このときは、髪をとめずに帰ったんだろうか。
 いやいや、そんなことあるはずがない。寝るときに外したとしたって、帰りに無くて困っていたら、家を逆さまにしたって私は探したはずだから。
 あまりに渡していて、いつなのかは定かではないけれど、あげたプレゼントの中には髪留めもあったはずだ。プレゼントの方をそのままつけて帰った時があったんだろう。
 私は持ち上げた本来の目的も忘れて、そのままベッドをうっちゃり、リボンを手に取る。
 手に取って見詰めた瞬間、リボンで髪を留めていた祐巳ちゃんの、斜め後ろ姿が脳裏をよぎる。
 そしてその姿は、当たり前のように振り返り、私に微笑みかける。
「似合いますか、聖さま?」
 なんて、音声までついて、微笑みかけてくる。
 やれやれ。
 1年も前に別れた祐巳ちゃんを、こんなにも鮮明に思い出せてしまうとは。
 私は床に座り込み、ワンルームのこの部屋を見渡した。
 白い壁の、ごく平凡な一人暮らしの部屋。
 この部屋を借りて一人暮らしを始めたのは、大学に行くと決断するより前から決めていたことだった。
 お金も貯めた。バイトも探した。最後は半ば飛び出すように家を出たんだった。
 大学生になった私は、めぐり合った祐巳ちゃんを恋人にした。
 行き来は、もっぱら、祐巳ちゃんがこの部屋にやって来た。
 祐巳ちゃんには、この小さな部屋がよく似合った。テレビの前にちょこんと座り、何かをパクパク食べる。
 時折、思考に沈んでしまう私の手を引いて、ベッドにもぐり込む。眠っている間は、手をグーにしている、そんな癖まで見つけてしまった。
 二年生も終わりに近づく頃、私たちが一緒にこの部屋で過ごす時間は長くなった。
 ユニットバスで髪を切るのにチャレンジしてみたり。夏にやり残した線香花火を、ベランダで興じてみたり。
 夜眠る前には、祐巳ちゃんが私の腕の中にいて。
 朝に目覚めると、祐巳ちゃんの寝息が私の耳元をくすぐる。
 なんてコトない日々だった。
 将来に何の責任もまだ何も負っていない、学生同士カップルの多くが過ごすそれと変わりない日々だった。
 私は、リボンをじっと見つめる。
 そう、このリリアンカラーは、リボンとしては不向きだ。黒い髪の持ち主がつけたならば、埋もれてしまう。
 けれども、祐巳ちゃんの明るい茶色の髪には、本当によく似合っていた。祐巳ちゃんのために特別にあつらえたんじゃないかと思えてしまうぐらいに、そう、似合っていた。
 私はリボンを持ったまま、目を覆う。
 さっきまで掃除をしていた手からは、水っぽく、埃っぽい匂いがした。
 ――祐巳ちゃんの残り香があったなら。
「……」
 今日。私はこの部屋を出ようとしている。実家に戻るコトになったのだ。
 そうそう、ベッドを持ち上げたのは、このシングルベッドの下の衣装ケースを運ぶためだった。
 そう。当たり前みたいに、自然にこの部屋を出て行くはずだったんだけど。
 白い壁の前に、佇む祐巳ちゃんの幻が見える。
 狭いキッチンで、レパートリーを増やそうと苦闘している祐巳ちゃんの横顔が見える。
 ベランダから、布団を干しながら『マリア様の心』を口ずさむ祐巳ちゃんの歌声が聞こえてくる。
 やれやれ、と私は笑ってしまう。
 この狭い部屋で祐巳ちゃんと過ごした時間は、私が一人でいた時間よりも短いはずなのに。
 この部屋での思い出といえば、祐巳ちゃん、君のコトばかりが浮かんでくるよ。
 なんてことなくて、長くは続かなかった恋だったけど。
 君を、憶えてるよ。
 たぶん、君が思ってるよりもずっと正確に。
 きっと、ずっと大切に。
 私はリボンを窓辺に置いた。そうそう、どうしても角部屋がほしくて、この出窓が一押しになって、ここを借りたんだっけ。
 本当は、壁だらけの部屋だって気にならなかったんだ。
 それは祐巳ちゃん、君を招く時のことを、考えていたからなんだよ。両面壁の部屋じゃ息が詰まるだろうから、ね。
 荷物が散らばり、やがて空っぽになっていく部屋。
 それでもやっぱり祐巳ちゃんの影を残していて、私はまた少し笑ってしまった。
 手伝ってくれるというカトーさんに日取りを教えずに、こんな思いして一人で引っ越すのも。
 ただこの幻を、ずっと見ていたかったせいかもしれない。
「さてと……おや」
 口の開いた段ボール箱のそばに転がるのは、もう一周も残っていないガムテープの残骸。
 仕方ない、追加買いしてこようか。
 笑った後、私は静かに靴を履き、ドアを閉めた。


 私たちの部屋のドアを、そっと閉めた。