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あすみがいない明日を見て(企画応援SS・涼's world side)

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※涼さんの小ネタで、マチコがメイドカフェオーナーになっている世界線でのひとこまです。
 
 
春の近づくこの季節、卒業に縁があるのは学校だけではない――いや、世の中が四月をひとつの区切りとするせいで、この店も否応なく巻き込まれているという方が正しいのだが。
開店前の無人のフロアに立ち、そこで駆け回っていたころ「マチコ」と呼ばれていた彼女は、二日酔いを残した頭でもの思う。
経営者というのは、つくづく面倒なものだ――
その手には――十数秒前にエスプレッソマシンから受け取った漆黒のコーヒー。一口啜り、熱さと苦さで呆けた頭に覚醒を促す。  
この春も、店に馴染んだ顔が節目を理由に姿を消した。惜しむ気持ちは持ちながらも立場上――代わりのメンバーをいつどれだけ集めようか、を冷静に考えるのが彼女の仕事だったから。
店内をカップとともに散歩しながら彼女は思考を進める。
可愛い女の子が働く店というコンセプト上、成長とともにメンバーが入れ替わっていくのは必然で。たいていは客と同僚にささやかな小波を起こした後、日常が戻って来るのだが、時に容易に埋められない空隙もあって。
切り取られ断面を晒すホールタルトを見るような――エースが抜けてしまった時の喪失感。
それは人気連載が終わったばかりの漫画雑誌にも似て。言語化できない物足りなさや、追いつく機会を永遠に失い勝ち逃げされたような敗北感を、周囲の人々に植えつける。
カップから多めの一口を吸い上げて、彼女は思い出す――自分が経験した中で最大のそれは、遥か昔、親友が『卒業』したときで間違いない――と。
ある時から全力スマイルの裏に、喪失、としか形容できない空気をまとわせ、ほどなくこの店を巣立った親友。
医者の勉強に専念したくて、と説明していたその内心に何があったか。本人の口から教えられたのはつい昨日のことで。
それは年相応の恋愛――本心を言えぬまま終わった後悔や、想いが届かなかった失恋――とは一線を画した。
もちろん、当時からそんなことが原因とは彼女も信じていなかった。万一親友がそんな瑣事を隠そうとする素振りが見えたら、おのずから口を割りたくなるよう、愛ある尋問をしただろう。
当時の親友に感じたのは――罪悪感。
自分は決して許されてはいけないという罪の意識――誰がそこに踏み込むことを許されるのかと思うほどの、拒絶だった。
だからこそ自分さえ、見守る以外の行動を許してもらえなかったのだ。せめて友人の立場でい続けたかったのであれば。
遠い離島からはるばる戻ってきた親友が想い人を連れ、昨晩、中学生もかくやというような赤面で報告してくれたから。もう一人の親友ヒムラと、お酒と質問とからかいを浴びせに浴びせに浴びせて、心に刺さっていた棘を抜いたのだけれど。
生乾きの痕が問いかける。
もしあの頃――他の誰かが唯我成幸と結ばれた世界があったなら。
立派な女医になった親友は、あんな痛々しい孤独をまとわず、振り切って、今日まで別な時間を過ごせていたのだろうか――
 
(ごめんねあしゅみー、そのぐらいの意地悪は許してね。毎年、年賀状もらうたび、私どれだけ心配したことか)

親友が最愛の人と結ばれたこの世界を、否定するつもりは一切なくて。
むしろ他の誰かにかっさわれるような愚図をしそうならきっと、バックヤードで手のひとつもあげていたなと思いつつ。
今なら冷静に思い返せる、同僚であった彼に自分も抱いていた仄かな好意も混ぜ――しばしマチコは空想する。
小美浪あすみ以外の子を選んだ彼がいたとしたら、この街で、いったいどんな顔をしていたのだろう――と。