SSの本棚

書いたSS置き場として使ってみます。

特別なただの一日(マリア様がみてるSS)

※過去の自作の再掲です。
マリみてのキャラ視点…ではありません(正確にはとある作品とのクロスオーバーですが、そのままお読みいただけるとは思います)

ケーキが売れない。
通りに面した屋台で、私はほうっと溜息をついた。少しあくびも混じっていたかもしれない。
12月24日のクリスマス・イブ。街で遊ぶより、家に帰りたくなる日に、私は仕事をしている。
去年なんか、こんなことするなんて考えられなかった。今年も、そうしなくたって、祝うだけなら出来たんだ。
でも、私がどうしてもしたいことには、ちょっとの節約じゃ間に合わない。
だから初めて登録制バイトに手をだしたんだ。
けれど、その最初からこんな遠い街まで来ることになるなんて思わなかった。
私は毎年思っていた。24日になってからふらりとケーキを買う人っているんだろうか、って。本当に好きで、必ず買う人は前々から予約してるだろうし、もし突発的に思いついた人なら、コンビニか、自分の家に一番近いお菓子屋さんに行くだろう。だから、いつも商店街でケーキ売りの人を見ているたび、売り切るまで帰れないんだったら、今日はずっと帰れないんだろうな、なんて心配してた。
なのに今は、私がその可哀想な立場だ。
しかも学校の街で、住宅街じゃないこの街。ここからケーキを飼って電車に乗ろうなんて人はあまりいないと思う。
「すみません、ケーキ、いいですか?」
物思いにこれだけ浸っていて、あ、はいと反射的に答えられたのは立派だったと思う。答えてから、自分が何をしにここに立っていたんだっけ、と思い出すまでには時間が掛ったから。
ちゃんと思い出したところで、改めて私は感謝したいお客さんを見た。
襟のところに、校章のついたスクールコート。多分高校生。私とそう年は違いそうにない。赤と緑の、クリスマスカラーのリボンで髪をツインテールにまとめて、にこにことこちらを見ている。
この人とクリスマスを送りたい。誰もが口をそろえていいそうな、そんな幸せそうな表情だった。
「こちらのケーキは、2500円になります」
思わずこちらも、売る声が弾む。
長い袖の中から温めていた手を出して、一番上の白い箱を持ち上げる。
「お先に、ケーキです。3000円からお預かりします」
マニュアルを思い出しながら、100円玉を5枚取った。
「500円のお返しになります。ありがとうございます」

なんでもないはずのシーンは、そこで、事件に変わってしまった。

「あっ!」
お金を受け取ろうとして片手を離した瞬間、お客さんのケーキ箱がふらりとかしいだ。それを追いかけようと体を傾けた瞬間、彼女の鞄が、目の前に積まれていたケーキ箱にあたり、微妙なバランスが崩れ出す。
「え、ああ!」
数秒後の未来を察し、全速力で私は小さな身体を伸ばして箱の山を押さえた。
何とか大雪崩れは食い止めたけど。
ごと、ごとごと。
お客さんの手にあったケーキと、積んであったケーキ、あわせて4つが地面に転がり落ちた。
「ご、ごめんなさい!」「申し訳ありません!」
二人同時に謝った。
だけれどどちらに非があろうと、売り手と買い手、どちらが悪いといわれるかは決まっている。
「こちら、同じ物になりますので。気をつけてお持ちくださいね、ありがとうございました」
楽しかった気持ちは吹き飛び、声にも余裕がなくなる。
大急ぎでそれだけ言うと、私は大慌てで店の中へ駆け込んだ。

 店長に少し怒られて、うなだれながら私は店を出た。手に、補充のケーキ箱をもちながら。
「……」
 危うく、そのケーキも地面へ落っことすところだった。
 それは驚くだろう。
「あ、あの!」
先ほどケーキを渡したお客さんが、コートを脱いだ制服姿で、通りに向かって盛大に売り子をしていれば。
しかもご丁寧にも、私が落としていったサンタ帽をかぶって。
「あ、お帰りなさい。ちょっと借りました」
お客さんは、さっきと同じ笑顔で、悪びれもせずに私の手から補充分を取ると、山に並べた。
「な、何をなさってるんですか?」
「え? あ、ほら、やっぱり崩した分くらいは責任取らないとダメかなぁ、なんて思ったから。あなたもいなくなっちゃったし、誰も売り子がいなかったらお客さんも買えないだろうし」
帽子についている、白い雪玉を左右に遊ばせてその人は胸をはった。
「いない間に3つ売れたよ。あと1個でちゃんとお詫びできるね」
帽子をかぶるのに邪魔だったのか、彼女はツインテールに束ねていた髪をほどいていた。
そのせいか、さっきまでと少しだけ雰囲気が違って見えた。
無邪気な笑顔から、自信と優しさに満ちた微笑みへ。こちらが押しつぶされるほど飛びぬけているわけじゃないけれど、もし、言うとすればそんな変化だった。年下に見えた人が、今は年上に見える、そんな感じ。
こんな人が売り子をしていたら、私も、ふと足をとめたくなるだろう。魅力一杯の顔だった。
「で、でも困ります!」
「あと1個だから、お詫びさせてください」
彼女はそれほどこの仕事が楽しいのか、相変わらずにこにこ笑っている。そして呼び声をあげた。
そもそもスクールコートなんだから学校帰りなんだろう、大丈夫なんだろうか。
そう思った矢先、
「な、何なさってるんですか、お姉さま!」
通りに面した側から、すっとんきょうな声が聞こえた。
背筋をびくっとさせて振り返ると、そこには両耳の上で縦ロールを作った、小柄な高校生が立っていた。
黒に近い緑の制服……隣にいる『お客さん』と同じものだ。
「あれー? 瞳子?」
瞳子、じゃありません、お姉さま」
眉間に皺を寄せて、縦ロールの子が『お姉さま』を睨みつける。だけど「いつもの事」なのか、責める方も受けるほうも、どこかユーモラスに感じた。
ケーキの箱の上にぽんと手を置いて、『とうこ』と言われた高校生はこちらへ身を乗り出した。
「無許可でバイトなんかして。紅薔薇さまとあろうものが。下級生や先生方に見つかったらなんて言い訳するんですか」
「違うよ、これはボランティア、お金もらってないもの」
両手をあげて「まぁまぁ」なんてなだめる仕草をしながら、隣にいる、いまだに年齢不詳の高校生の人は彼女をなだめた。
「なんでそういう子供みたいな理屈をこねるんですか」
「ほら、シスターもよく言ってるじゃない、困っている人は進んで助けなさいって」
「――で、お姉さまはそちらの店員さんをどう困らせたんです?」
大きな瞳が、見事なまでに鋭くなった。
「う。す、鋭いね瞳子。実はね……」
相手の口から一部始終を聞きおえると、『とうこ』と呼ばれたその子は盛大に溜息をついて首を振った。
縦ロールがそのままの形で左右に触れる。ややあって、
「もう今年中言って、言い飽きましたけど、お姉さまは、紅薔薇さまとしての自覚がなさ過ぎます」
吹っ切ったように、びしっと指を突きつけて縦ロールの彼女は『お姉さま』と呼んだ人を叱り飛ばした。
「えー。やってるとだんだん面白くなってくるよ。ほら瞳子もやろうよ」
「結構です」
「恥ずかしがらなくなっていいじゃない。売り子なんて、学園祭のときもやったじゃない」
「あんな、あんなことさせられたことなんて、もう二度と思い出したくありませんわ!」
よっぽど触れられたくなかったのか、縦ロールをびよんびよん震わせて真っ赤になって女の子は噛み付いた。
それでも隣の彼女は、おお、なんてのんきな声でのけぞって見せている。
――今更ながらだけど、縦ロールの彼女の声、ものすごくよく通っている。
見回せば今の叫びに通りの人たちが何事かとこっちをみんな振り返っていた。そうとは知らない二人は、次第に会話を口げんかにエスカレートさせていく。
「あれー? 雪希ちゃん!?」
対処に困ってまごついた私のもとへに次にやってきてくれたのは、すっかり正気にしてくれる声だった。
「し、進藤さん?」
それでも驚きは隠せなかった。
遠い遠い街に、昨日まで同じクラスで授業を受けていた親友の顔があったのだから。
「どうしてここに?」
「雪希ちゃんのバイトって、ここだったの? 私はおばさんちがクリスマスパーティやるからってこっち来たの、寮生のお姉ちゃんがここの方が戻りやすいからって。でも今ろうそくがないからって、それから頼んでいたフライドチキンを取ってこいってわたしお使いにきたんだー」
いつもみたいな怒涛のような進藤さんのおしゃべりに身を任せていると、腫れた頭が冷やされていくような気がした。
普通は逆なんだろうけど、でも。
有難う進藤さん。この恩は忘れないよ。
「で、雪希ちゃん、何でリリアンの人が隣にいるの?」
リリアン?」
「えー!!! 雪希ちゃんが、知らないなんて……」
前言撤回。
その瞬間、耳を押さえたくなるくらいの絶叫を上げて進藤さんは引きつった顔を私に向けてくれた。
リリアンって有名も有名、私立リリアン女学園。お嬢さまだけが通える幼稚園から大学まである女子校じゃない。何で雪希ちゃん知らないのっ?」
「そ、そうなの?」
「そもそもリリアンの人が、バイトするなんてなんでだろう? 雪希ちゃん知らない? お嬢さまがバイトするなんてよっぽどの事情だと思うんだよねー。社会勉強? でもクリスマスって行ったらやっぱりドレス着て晩餐会とかするんじゃないかなーなんて思うんだけど」
たじろぎながら、私はちらりと、先ほどから放置している二人をみやった。
進藤さんの声もずいぶん大きい。これで気を悪くしちゃったら困るよ。
だけれど向こうは完全に二人の世界モードだった。こっちが家に帰っちゃっても多分気づかないんじゃないかってぐらい。
「え、えと。あの二人、じゃあ姉妹でお嬢さまなんだ。そうだよね、いいところなんだよね」
「何でー? あの二人神から顔から性格から全然似てないじゃない。どうしてそんなむちゃなこと思ったの雪希ちゃんは」
しどろもどろになって何とか繋いだ話を即座に否定して、しかもちょっとひどい言い回しで進藤さんは私の言葉を打ち切った。
「だって、さっきあの縦ロールの子が、相手を『お姉さま』って」
「あおれはたぶんあの学校の『姉妹』なんじゃない? 確かリリアンって上級生と下級生が学校の中だけ姉妹になる制度があるんだって」
「へぇ……」
ぽっかりと、嵐の中心に入ったよう。息が告げたよう。
少し唖然として私は二人を見やった。
身近な世の中の不思議に感動して。
「じゃあ、ロサ・キネンシスって言うのは?」
「そこまではちょっと、あ、でも雪希ちゃん油売ってちゃダメじゃない。天下のお嬢さまを代理に立てたりとかしてたら、それこそお店の人から大目玉食らっちゃうよ雪希ちゃん! そーだ、わたしお使いの最中だったんだ、じゃまたね雪希ちゃん! 新学期に今日の話聞かせてねー」
最後に一番長いマシンガントークをして、進藤さんは行ってしまった。ちょっと戻った調子も、いまはしっちゃかめっちゃか。
二人はまだ言い争いを続けている。
――結局状況は一向に変わっていなかった。
「おい祐巳。何やってんだこんなところで?」
そこへ、今度は男の人の声がした。
今度の使者は一体なんだろう。ちょっとだけ、いやすごく不安に思いながら、私は首を向けた。だけれど、
祐麒?」
隣の彼女が、毒気を抜かれたような声を漏らした。相手がいなくなって、口論もぴたりとやんだ。
こちらもお知り合いなのか、『とうこ』さんは『ゆうき』さんを見ると、ぱっと『ゆみ』さんから離れ、真っ赤になってお見合いのようにぎこちなく頭を下げた。
そこにいた顔は、最初のお客さん『ゆみ』さんによく似た顔立ちの、可愛らしいといいたくなるような男の人だった。
腹を立てたような表情でも、その印象は変わることはなかった。
「ケーキ買ってから帰るっていってたのにいつまでも連絡ないから捜してみれば……何回も鳴らしたのに、見てないだろ」
「あ……。ほんとだ、ごめん」
ポケットから携帯を取り出すと、『ゆみ』さんはがくっと首を前に折った。
『ゆうき』さんは『ゆうき』さんで、その様子にを見ると最初の『とうこ』さんに負けないぐらい大きな溜息をついてみせた。
「か・え・る・ぞ」
「……うん」
 理由は歩きながら話せ、というところがやっぱり男の人だからなんだろうか。
 そんなことを考えていると、
「姉がご迷惑をおかけしました」
『ゆうき』さんが、深々と私に頭を下げていた。
お、弟さん?
その事実に私はあっけに取られ、礼を返すことさえ忘れてしまった。
てっきり、私は……ゆみさんの思い人かと。
「ゆ、祐麒!」
「間違ったことは言ってないだろう。ほら、帰るぞ祐巳
「う、うん」
私の立ち直るのも見届けないままに、二人は歩き出していった。
私たちから十歩離れた時だろうか、躊躇いがちに『ゆうき』さんが『ゆみ』さんの腕を取るのが見えた。
その背を同じように見送っていた『とうこ』さんは、演技しているんじゃいかってくらいオーバーに、ぷいって憎らしそうに横を向いた。
理由はわからないけれど。
なぜかその三者を見て、私は心のそこから、可笑しくなった。


僅か30分ばかりの出来事。
だけれど、このおかげで残りの時間中、一度も退屈をせずに売り子を続けられることになったんです。

これが、昔、私が寒い日に経験した、あったかい嵐の話です。